花咲く家の物語’98
梨花の公演日誌

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花咲く家の物語

マルセ太郎(公演パンフより)

 今度の芝居はこれまでと違って、実在のモデルがあり、資科も豊富にある。
台本書きは容易だと思った.これが大きな誤算だった。
 企画が上がってから、プロデューサーの篠原氏の手で早々に準備が進められ、七都市に
おける公演の日程が決まり、昨年秋には役者も決まった。のんきに構え、まだ台本を一行
も書かないうちに、すっかり外堀が埋められたのである。元来から、追いつめられないと
動かない僕の癖ではあるが、今年二月に行われた顔合わせの席では、台本を渡すことがで
きなかった。
 それから十日もたって、導入の「マルセ訪間」の場だけである。あせり出した。モデル
にしばられ、劇の背景を知っているだけにかえって書けない。稽古と同時進行しながら、
ちょっと書いては、それをボツにする。原稿用紙を前に、何時間も一字も書かずいたこと
もある。ぞおっとする怯えが襲ってきた。
 そこから僕を救ってくれたのは、役者たちである。不完全な台本で稽古を進めていくう
ちに、いつしか役者それぞれが、イメージをつくり上げていた。そうだ、現実のモデルに
こだわることはない。役者のつくったイメージが、僕の筆を走らせた。百合子を囲む
 
子どもたちの場ができたとき、これはいけると、初めて自信がもてた。
 実際に台本が完成したのは三月二十六日。初日まで半月、もう大丈夫。いまからもう僕
には、お客さんの感動の拍手が間こえてくるのである。 
 

舞台プロローグ

 僕が初めて「若草の家」を知ったのは、一九八八年のことでした。「若草の家」は、石川県金沢市郊外
の山地にあり、そこは杉田正彦、陽子夫妻によってつくられた、いわゆる知恵遅れの男子六人が暮らす家
です。杉田夫妻には、歩さんというお嬢さんがいるのですが、六人の『子ども』たちも家族として、杉田
さんを、お父さん、お母さんと呼んでおりました。
 ご主人の正彦さんは、そこから近いところにある、やはり知的障害者たちの施設「ひばりヶ丘団地」の
職員を今もなさっております。「ひばりヶ丘」のみならず、全国にあるこういった役所の認定をうけた施
設のこども達は休日でも、自由に外出することをゆるされません。また実習という名のもとで外に働きに
出ても、帰ってからビール一杯というわけにいきません。規則によって管理されざる得ない限界がありま
す。
 杉田さんは彼らに最も必要なのは「家庭」ではないかと痛感したのが、「若草の家」をつくる動機だっ
たと言います。「若草の家」の玄関には、六人の表札がかかっています。それぞれ六帖一間の独立した部
屋をもち、外に働きに出ています。ここでの規則は唯一つ、火事を心配しての禁煙だけです。あとはまっ
たくの自由です。
 一九八三年の一一月、「若草の家」がスタートしました。しかしこのとき、杉田陽子さんは乳がんにお
かされ手術をうけたのです。五年後に再発、そして転移。
 その頃僕は、陽子さんと何度かお会いしているのですが、そのようなことが進行しつつあるのを、少し
ももらしてくれませんでした。今あらためて、何と意志の強い方だったのだろうと、感じ入っています。
 と言うのも実は、僕も二年余り前、肝臓がんで手術をうけたのです。それ以来検査を続けながら三度再
発しています。僕はどこに行っても、誰にでも、自分が、がんだがんだと言って歩いているからです。お
かげさまでこの頃では、誰も同情してくれなくなりました。
 一九九四年四月三日、最後まで六人の子どもたちの行く末を案じながら、杉田陽子さんは、帰らぬ人と
なりました。享年四十四歳です。「若草の家」は十年間の歩をとめ、今はありません。六人の子どもたち
は、それぞれの事情に合わせて散っていきました。(花咲く家の物語より)

  97.6.5 アサヒグラフより転載  マルセカンパニー「花咲く家の物語」 障害者演劇に一石を投ずるマルセ太郎の傑作喜劇 文◎村井健より    障害者を描いた舞台といえば、まずだれもが思い浮かべるのば「奇跡の人」だ ろう。しかし、障害者演劇はまだこのほかにもいろいろある。たとえば、知的障 害者を描いた「ザ・ボーイズ」(トム・グリフィン作)、視覚障害者を主人公に した「心の目には・・・」(ダッグ・ハバティ作)、「モ−リー・スウィニー」 (ブライアン・フリール作)、聴覚障害者を描いた「愛が聞こえます」(高橋正 囲作)などだ。いまや、障害者演劇は、現代演劇において独自の領域を形成して いるといってもいいほどなのである。とはいえ、海外の作品に比べ、日本の作品 は、いまイチ魅力に乏しいのも事実。どうしてもシリアス過多になったり、安易 な「愛」の賛歌に終わるものが多いのだ。そうした日本の障害者演劇に一石を投 じたのがついこの間、東京芸術劇場小ホール2で上演されたマルセ太郎作・演出 の「花咲く家の物語」(4月23〜27日)である。  舞台となるのは、知的ハンディを背負った六人の若者と一緒に生活をする杉田 夫妻(三浦賢二、矢野陽子)の「若草の家」。その家を切り盛りする「お母さ ん」こと杉田陽子さんが乳がんになり、とうとう「若章の家」ば解散せざるを得 なくなるというのがそのストーリーだ。  金沢市の郊外にあった実在の「若人の家」をモデルにした舞台だが、これがじ つに傑作なのである。  なかでもおかしいのが、冒頭でのマルセ太郎の「若草の豪」訪問シーン。マル セ得意のおサルや鳥の形態模写と、その合間に交わされる若者たち(永井寛孝、 温水洋一、浅地直樹ほか)とのトンチンカンなやりとりに、観客が思わず破顔一 笑しているうちに、ストーリーがトントン拍子に進み、杉田夫妻と若者たちとの 怒るに怒れず、笑うに笑えない、さまざまなアクシデントやエピソードが描かれ てしまうのである。  北村想の「寿歌」の中に「不条理漫才」なる芸が出てくるが、まさにこの舞台 での会話、日常が不条理漫才そのもの。しかも、その笑いがいつの間にか、健常 者であるわれわれの「無意識の差別」をものの見事にあぶり出してしまうのだ。  障害者を描こうとすれば、ともすれば「禁忌」に触れまいとして安全なことば を選び、公式ヒューマニズム的なものになりがちなもの。ところが、この舞台で は、じつに闊達に、障害者同士、健常者と障害者の会話が交わされ、生き生きと したものになっているのである。 「ぼく字書けんでも、計算できんでも、障害者やないんけ?」 「世の中には、本当のに障害者がおるんや。人を差別する奴、人を品物みたいに 選別し、支配する奴。そう思わんか」  とは、この舞台の中のさりげないセリフの一つ。そういうセリフが、随所に織 り込まれている。  しかし、もっとも感動を呼ぶのは、やはりラストシーンだろう。陽子さんの死 を悼んで若者の一人が激しく打ち鳴らす太鼓の音が、言いようのない寂しさ、怒 り、もろもろの思いをこめて響き渡るからだ。  マルセ太郎といえば、一人語りの「スクリーンのない映画館」シリーズが有 名。ついついマルセは語りの人と思いがちだが、この舞台を見れば、 芝居づくりの腕前もなかなかのもの。たたずまいば質素。しかし中身は濃い。笑 いとぺーソスが適度に入り交じり、見終わってジーンとくる舞台なのである。
感動の話題作、アンコール公演!!   この作品は昨年春上演され、 その年の最高の話題作となりました。  今回の公演にあたっては、キャス トの一部を入れ替えると共に、 それに合わせた脚本の手直しもされ、 その結果、より完成された 作品となりました。マルセ太郎が 演劇を手懸けてこれで7作目とな りますが、その創造力は益々円熟味 を増しています。  この「花咲く家の物語」こそ、 まさしく本物の人間喜劇ではない でしょうか。

 

上演にあたって  マルセ太郎         

 石川県金沢市車町に、1983年、小杉孝志、康子(当時35歳、34歳)夫妻によって、
「若人の家」が生まれた。そこで知的障害をもつ青年6人と、まだ幼かった小杉さん
たちの子ども2人、都合10人の家族としての暮らしが始まったのである。障害児とい
われる6人はすでに30歳にもなっていたが、小杉夫妻を、お父さん、お母さんと呼ん
でいた。それぞれが六帖一間の独立した部屋をもち、そこから職場に通う。
 孝志さんは現在も、そこから近いところにある、やはり知的障害者たちの施設、
「希望ヶ丘団地」の職員をしている。だから“子ども”たちの世話は、専ら康子さん
の仕事である。
 僕が若人の家を知ったのは、石川テレビ制作のドキュメンタリー「ここに家族あり」
のビデオを、ディレクターの赤井朱芙さんから送ってもらったからである。88年頃である。
 それがきっかけで、金沢で公演があったときなど彼らを訪問するようになった。
 しかし康子さんはそれ以前に乳がんに冒されており、やがて肺、骨と転移し、1994年
4月3日に亡くなったのである。そのため若人の家は10年で閉じざるを得なくなり、6人
の子どもたちは、それぞれの事情に合わせて散っていった。僕はこれを芝居にしようと
思い立った。それも、あり勝ちなめそめそしたものではなく、明るいものにしたい。
むしろ喜劇にしたい。それが昨年4月12日、金沢での初演の舞台で実証されたと思って
いる。劇場中に鳴り止まない観客の拍手が起きたことを忘れることはない。招待した6人
の子どもたち、小杉さん家族を舞台に上げたとき、一層観客の拍手はきわまった。金沢に
続いて冨山、福井、東京、名古屋、大阪、広島と、どの会場も、劇場は笑いと感動の渦で
うまった。今年東京での再演を皮切りに、各地をまわることになっている。来年も再来年
も、全国に、この芝居を広めていきたいと願っている。
 
キャスト
矢野陽子 狭間鉄 永井寛考 藤原常吉 川田栄 浅地直樹 グリマンデル 瓜生和成 
梨花 維田修二 松山薫 にしだまちこ 斉藤昌子 今野誠 マルセ太郎
 
スタッフ
照明:曰高勝彦 音楽効果:是安房雄 舞台美術:河井妙子 舞台監督:富川孝 宣伝美術:花本彰
太鼓指導:富田和明
太鼓協力:浅野太鼓楽器店
制作:マルセカンパニー

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