花咲く家の物語’98 稽古場&本番日誌 (梨花)


四月六日

 出演者、スタッフ初顔合わせ。

懐かしい顔やら新しい顔、前回と五人の入れ替わりがあった。空気が穏やかなのは、そう、すでに台本が出来上がっているからなのだ。思い起こせば一年前、一場だけの未完成の薄い台本にマルセカンパニー初出演者は不安の色を隠せなかった。それが今回はどうでしょう、きれいに製本された台本はピンクか水色か好きな色の表紙を選べる特典付きでございますよ。

 

四月十三日〜五月五日

 マルセの所属事務所人力舎の稽古場にて連日稽古。

「この稽古場に来ると太っちゃうな」と狭間はテーブルに並ぶお菓子やらパンやらに苦笑する。今回もお茶の種類は豊富だ。瓜生の持ってきたアールグレイティーは香りが良く、緊張(!?)した稽古場では一種の精神安定剤の効果もある。梨花がタイで買ってきた粉末の果実茶はとりあえず皆一度は試してみたようだ。でもいまだに半分以上残っているのは何故?

 「稽古はもうやらなくてもいいんじゃないか」。稽古が始まって十日もたたぬうちにマルセはもう飽きている。彼には余裕を与えてはいけないのだ。台本に悩まされることがないことで、もう完結してしまっている。役者にとってはどうだろう。新しい出演者は前に演じた人のイメージがついてまわるだろうし、二度目の人もセリフが入っていることを除けば一から作り上げていく気分だろう。再演の難しさは初演での新鮮さプラスαをどう味付けしていくかであって、その事を考えればまだまだ稽古は必要だ。

 

五月六日〜五月十一日

 狛江Beフリーにて衣装あわせ、通し稽古。

舞台の上で稽古が出来るのはありがたい。照明と音響が入り、ラストのあの曲が流れると昨年の感動が甦る。「本番一週間前にカーテンコールの練習をするなんて信じられないね」と維田がつぶやく。台本が出来ているとこうもスムーズにいくものなのね。

 ここの稽古場ではガス台が使えるのでお茶タイムもより充実したものになる。インドの紅茶チャイは出るわ、マルセ夫人の差し入れのおしるこにキムチでお腹は膨れるわ、マルセが安さにつられて何パックも買ってくるみたらし団子でとどめをさす。

 

五月十三日

 本番初日。横浜鑑賞協会主催、戸塚公会堂にて午後一時開演。

「いやー、今回は事件が多かったね、事件が。いきなり初日からだもんなぁ」と、ここからはプロデューサー篠原流に福島弁でお伝えします。「私この仕事はじめて二十年以上になりますが、役者が本番に遅刻して開演を遅らせたのは初めてですよ。十一時半過ぎに瓜生くんから西原さん(制作の一人で今回の瓜生の出演は彼女の推薦でオーディションを受けてもらったのがきっかけ)に電話がありましてですね、何か嫌な予感がしたんですよ。そしたら西原さんが「えーっ」なんてすっとんきょうな声を出すものだから、こりゃ益々あやしいなと思いましてですね、、、でもこの人何もいわないんですよ。もう一度電話があった時に実は彼が寝坊してこっちに向かっているっていう話で、千葉の船橋からだからぎりぎり一時に戸塚の駅に着いてそこから走っても五分はかかるから着替えもあるし、あーやっぱり駄目だ、十五分遅らせましょう、ということになったわけですよ。そんなさなかに、この事は演鑑の人には黙っておきましょう、なんてとんでもないことを言う奴がいたんですよ。隠せるわけないじゃないの。その男というのは(舞台監督を指さして)富川だー」。役者の間では、彼は、アバウト富川とあだ名されている。

 今さら言ってもあとの祭りだけれど、十時集合なのに十時半を過ぎても来ないので確認の電話を入れようと思ったのだが、まさかその時間に家にいるはずはないだろう、きっとこっちに向かっているに違いない、とかけるのを止めた。あの時ならまだ間に合っていたのね、そう、その頃彼は夢の中。

 一時前に事の成り行きを確かめようと男性楽屋を覗いてみると、ゴール前に走り込む馬を凝視し、競馬に興じる男たちの姿があった。皆窓側に立ち、駅からまっすぐ劇場に向かう道に注目している。「あっ、来たぞ、あれじゃないか。何だ、人違いか。こんな時に走るなよ、紛らわしいな」「どんな風に現れるかな、歩いてきたら許さないぞ」。あのね皆さん、本来なら開演している時間なんですよ。「でもめずらしいよな、こんな時に皆でにこにこ落ち着いて待ってるなんて。マルセカンパニーぐらいだよ」とは、マルセとは二十年来のつき合いの照明の日高の言葉。「あっ、来たきた。あいつ横の道から来たぞ」。大方の予想を裏切って瓜生は脇道から走り込んで来た。つかさずマルセが、「あいつは出世するな」。あのね皆さん、もう始まっている時間なんですよ。

 この事件は瓜生本人にとっても初めての事だった。起きて時計を見たとき手が震えたという。電車に乗ってしまえば後はいくらあせってもかかる時間は同じなのだから仕方がない。平常心を心がけ、今自分は劇場にいるのだと想定してそこでやっているであろうことを電車の中でやっていたらしい。ヘアメイクしかり、発声練習しかり。「わち、慌てんげん。五十一分に出ても間に合うもん」

 そしてこの事件はマルセの笑いを誘う陳謝の言葉によって幕を閉じる。「開演が十五分も遅れましたことをお詫び致します。いや、実はですね、うちの団員で遅刻したドジな奴がいましてですねぇ。たった今駆け込んできたので、この幕裏で気持ちを落ち着かせていることでしょう。幕があがりましたら、「こいつかな」と予測をつけながら見るのもおもしろいかと思います。意外な人ですよ」

 とにかく初日が明けた。爆笑と涙と大きな拍手で横浜のお客さんに喜ばれたことで事件その一は帳消しになろう。

 

五月二十三日〜五月二十七日

 仙台、いわき、横浜青少年センターでの公演を終え、いよいよホームグラウンドである東京での公演(紀ノ國屋サザンシアター)を控えた魔のオフ期間。

 「では皆さん、休みの間はくれぐれもケガのないように体調を整えて、元気にサザンシアターでお会いしましょう」というマルセの言葉が思い出される。昨年東京公演の最中に車のドアに親指をはさまれ包帯巻きで舞台に立った矢野のことを皮肉ったわけだが、まさか又起こるとは。今度は松山薫だ。ではここで再び篠原の登場。「で、次はなんだっけ。あっそうだ、まっつやまくんの捻挫だ。足首をひねって甲を捻挫してギブスしてるっていうんだから。原因は何かって聞いたら、犬だってさ。ドッグよ、ドッグ。犬の散歩中に野良猫に襲われて犬をかばったらひねったんだと。マドンナをいっそのこと車椅子に乗しちまおうかって案もあったんだけどね」。まあ彼女の場合かわいそうだったのは、その後それを上回る大事件が起きたため、あまり同情されなかったということでしょう。

 その大事件というのはサザンシアターでの公演の前日に起きた。「さあ、事件の多かった今回のメイエベント。じっちゃん倒れる。今野さんの奥さんから電話があって、今朝家で倒れて救急車で運ばれたっていうんでびっくりしましたよ」。それでも本人は病院を抜け出して舞台に立つつもりだったらしい。

 代役をたてるにも明日から五日間のことだ、なかなか見つからない。結局、マルセカンパニーの作品に何本か出演したことのある松岡にお願いする事になったが、どうしても土日が無理だということなのでダブルキャストとして某俳優さんにも稽古に来てもらった。今野扮する山田さんの出る場面に出る役者が人力舎に集められた。マルセは東大阪公演の宣伝に出かけ東京に戻るのが十時を過ぎるため、永井が中心になって稽古は始められた。「マルセさん、いきなり来て役者にダメ出しするんだもんな」。はじめから無理難題を押しつけているのだから、とにかく舞台に穴を開けずにセリフさえ覚えてもらえたらという思いが我々にはあった。しかし作者としては曲げられない。特に根本さんとの絡みはマルセ自身の言葉を代弁している重要な場だ。「ΟΟさん、怒って帰っちゃうし、松岡さんまで自信がないから降りますって言うし、どうなることかと思いましたよ」

 ピーンと張りつめた空気の中、夜中の二時近くまで稽古は続けられた。「あれを経験したらもう怖いものなしって感じだったよ」と瓜生は振り返って云う。

 

五月二十八日

 東京公演初日。

昨日からの緊張が続いている。昼間仕事があるので松岡は五時に小屋入りしそのまま舞台稽古をして本番に臨んだ。昨夜は一睡も出来なかったらしい。念のためイヤホンをつけ、梨花と斉藤がそででプロンプをした。しかし本番で電源が切れていたため役をなさなかった。もちろんその最中には気づかず、一カ所どうしてもセリフが出てこなかった時は焦った。ああ、その時のお客さんの暖かかったこと。皆が浮き足立った舞台で芝居そのものは決してほめられたものではなかったが、とにかく終えることが出来たのだ。もしかしたら幕が上がらないかも、と思った昨日の今日。長い一日が終わり幕が降りた時は感極まって涙を流す者もいた。

 

六月一日

 東京公演楽日。

中二日の山田さんは東京乾電池の綾田俊樹に代役してもらい、無事五日間六回のステージを終了。サザンシアターの支配人から、「この劇場がオープンしてから一年半になりますが、こんなにあたたかい舞台ははじめてです。もっと長くやって頂きたかったです」という嬉しい言葉も頂戴した。そこでマルセは吠える。「いいものをやったら客は来るなんて嘘だな。まだまだ名前で人は集まるんだよ。俺は悔しいよ、今回一度も満席っていう日がなかったってことが」

 

六月十日〜十四日

 六日の群馬境町、七日の埼玉秩父での公演を終えて、関西ツアーに繰り出す。

十日の名古屋公演では疲れが出たのか体調の良くない役者が何人か出た。「なんだよ、おい、病人の多い劇団だな」と、旅に出ると元気のいいマルセが言う。

 十一日の京都公演は京都御所近くの京都府立文化芸術会館で行われた。矢野をはじめ皆ここの舞台を気に入っていた。劇場の広さといい、声のはねかえりといい、そこの空間がこういった芝居向きだった。劇場の人によると今までで一番電話の問い合わせが多かったらしい。京都の客は難しくてやりにくいといわれるが、他の場所に劣らず笑いも多く反応も良かった。

 十二日の東大阪公演の会場は昨日と逆でバカでかく、千人近いお客さんがつめかけた。「黙って入ってくる客は一人もいないね」というぐらい賑やかな会場だった。そでに聞こえてくる笑いの量が違う。吉本を見に来ている感覚とかわらないのではないかと思うぐらいよく笑う。「隣のおばちゃん、笑ったり泣いたり忙しそやったよ」とは昨年に引き続き見に来てくれた友人の話。

 十四日、滋賀県野洲での公演が千秋楽。最後、最後と思うといい舞台にならないからと出来るだけ普通を装うが、やはり最後なのだと感傷に浸る。果たして、藤原演ずる耕治くんの♪うんこ、うんこ〜の初日は出るのか、そして又、マドンナの場面でのグリマンデル演ずる春男の妙な間は通用するのか。(仙台公演の夜、ホテルの一室で演出家抜きでダメ出しをしあっていた。皆、心底この芝居が好きなのだ。狭間曰く、「プロデュース公演でこんなことないよ。芝居が終わったら、お疲れさまーって、後はてんでばらばらだもの。じゃなかったら、悪口の言い合い、足の引っ張り合いだよ」)

 いろいろな思いを残し、約一ヶ月の公演に終止符を打った。

 

追記、事件の多かった今回のツアーで、騒がれもしなかった番外編として、『梨花、いわきのホテルで部屋の鍵を無くし、弁償として五千円支払わされた』ことを付け加えておこう。


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