梨花の役者紹介
「花咲く家の物語’98」では最年少の座を瓜生くんに奪われましたが、舞台歴では最下っ端の私が僭越ながら諸先輩方の素顔を紹介したいと思います。
(パンフレットの出演者プロフィール登場順。( )内は役名。敬称略。)
矢野陽子 |
狭間鉄 |
永井寛孝 |
浅地直樹 |
川田栄 |
藤原常吉 |
グリマンデル |
梨花 |
松山薫 |
維田修二 |
にしだまちこ |
今野誠 |
松岡文雄 |
斉藤昌子 |
綾田俊樹 |
マルセ太郎 |
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みんなのお母ちゃん。尻たたき上手。台本の仕上がりが遅いときの、「大丈夫ですよ、マルセさん」という彼女の一言がどれほど気を楽にさせてくれたことか、とマルセはいう。「♪おはようございまーす」と歌うような彼女の明るい声でマルセカンパニーの一日は始まるのだ。
一作目から出演している矢野がマルセカンパニーに物足りなさを感じているのは浮いた話がないことらしい。男と女の匂いがしない集団なのだ。「でもあってもおかしくないわよね。じっちゃん(今野)と昌子さんとか」えーそんな、一番可能性のある若い身空の私を差し置いて?
今回の芝居では出ずっぱりの彼女。袖で見ていてそのテンションの高さには圧倒される。それがふっと途切れる、というか落ち着く時がある。病院の場面だ。夜の公演なら時間にして八時四十分ごろか。親子三人水入らずになりしみじみ語らう場で、いいタイミングで彼女のお腹の虫が鳴る。「あゆみ、(クーキュルキュル)死ぬことも含めて人生やぞ」。おかーさん、、、これは拷問だ。
ダンディ父ちゃん。年齢でいえば年寄り組でゆっくり楽屋入り出来るのに、若者に混じって仕込みを手伝う後ろ姿は若々しい。かと思うと東京出身というのを疑う土臭さもある。聞けば「将来は農業だ」と思い、高校は農大の附属に通ったらしい。馬喰町で購入したという派手さとだささの紙一重のシャツを不思議に着こなす一面も。酒好きで乱れない所は狭間鉄のダンディズムここにあり、といった感じか。
マルセの影武者。舞台美術の話し合いの時のことだ。プロデューサーの篠原が、「マルセさん、こういうのあんまり興味ないでしょ。明かりがどうの、装置がどうの、、、」。「うーん、よくわからないからな。寛孝ちゃんに聞いてよ」といった具合。
この人もよくしゃべる。頭の中に言葉以外の隙間がないんじゃないかと思うぐらい次から次へと出てくる、出てくる。同じおしゃべりでもマルセとの違いは相手を疲れさせないことだ。「マルセの話はおもしろい。が、時々疲れる」と、故色川武大氏も言ったように、トイレに席を立つのも躊躇してしまう程だ。永井の場合は相手を見てそれを察し、そのことさえネタにしてトイレへと促すだろう。だからカラオケの時ぐらい殻を脱いで欲しかった。ど演歌を唄っても憂歌団を唄っても永井寛孝を演じ、笑わせてくれちゃう。気を使っているわけでもなく、それが素なのだと言われればそれまでだけれど、一度彼に無言の行を課したい。きっと喜んで受けるだろう。
天然ОО。この人のおもしろさを活字で伝えられないのが残念です。
汗かきООО。大量です。稽古の時から一人タオルで汗を拭っていた。汗の量=一生懸命度ではないのだけど、何か同情をひくタイプで、そこの所もまさに健くんなのだ。本番前に熱冷ましシートを顔に貼ったり、制汗スプレーを体中にふきつけたり(何と三日で一本使い切ったとか)といろいろ努力はしていたが、今ひとつコレ!というものは無かったようだ。どなたか秘策がある方はご一報を。
一家に一台のごとくこんな人が一人いてくれると助かる。手先が器用で何でもちゃちゃっと直してしまう。各分野に渡っての物知りだ。ときたま知ったかぶりか思いこみも混じるので、彼からの受け売りを人に話すと恥ずかしい思いをすることもある。
「東京の楽日ですね」「サッカーじゃなくてね。ラグビー。ハハハッ」、という会話を楽しめないと彼のセンスには追っつけないぞ。
あぁにきぃー(水谷豊声で)である。自分の格好良さを知っていて楽屋入りも渋くきめてくる。黒ずくめの服にサングラスをかけ、うつむき加減に聞き取れないほどの低音で、「っはようございます」とそのまま化粧まえに鞄を置く。そこでマルセが一言。「あいつはいまだに状況を背負ってるな」。(彼は唐組旗揚げメンバー)
それは耕治くん役にも顕著に現れている。あのいかつい耕治くんの顔を思い出して欲しい。あれを出番中キープするというのはアングラ出身の成せる技だ。昨年池袋での初演を秋田から見に来た彼の父親は(藤原は役者になって初めて自分の出ている芝居に両親を招待したという)芝居をとても楽しんでこう言った。「いやーえがった、えがった。それにしてもおめえも大変だな、顔中セロテープ貼っつけてよ」
篠原が松山薫に「今度イラン人が出るから」と言ったら本気にしたとか、しないとか。本名、黄木浩司。日本人離れした顔立ちは母親譲りだ。学校の家庭訪問で緊張して話せなかったお母さんのことを担任の教師は勘違いして外国人だからか、と思ったらしい。
グリマンデルと工事現場2号というコンビを組んでシュールでブラックなコント(!?)を小劇場で定期的にやっていた。私も彼らの世界が好きで観客として通っていた一人だ。残念ながら工事現場2号こと長谷川氏が結婚して奥さんの実家の三重県へ行ってしまったため解散してしまった。
彼とマルセは知り合って十年以上になる。マルセの新著『奇病の人』の”うれし涙”という項に書かれている岡部康平氏は彼が結婚前に住んでいたアパートの大家の息子さんである。そして当時、マルセの唯一の弟子で昨年の「花咲く家の物語」では山田節子を演じた千葉真弓も同じアパートに暮らしていた。ジャンジャンの十時劇場には毎回のように足を運び、公演後は岡部氏と一緒にスナック人力車で飲み明かすといった具合だった。マルセが実験的に映画再現芸のレパートリーを増やしていく過程を間近で見ていた一人である。だから今回のパンフレットの中の出演者一言欄に彼が書いた「私、マルセさんを観てこの世界に入ったんです」という言葉はあながちお世辞でもない。
と、紹介が長くなってしまった。私から見たグリマンデルという人物を一言で表すならば、ずばり、「彼こそ勝くんです」。そうです、どこでも生きていける人です、この人は。いつでも笑い顔です。中心になって和を作るタイプではないけれど集団の輪には必要不可欠な人、いい加減で真面目、というかとにかく変な人。
ツアー最終日の事だ。朝八時にロビー集合でタクシーで京都駅に向かいそこから最終公演地の滋賀県野洲へという段取りのため時間厳守にも拘わらず、何とその朝寝坊したのが二人いた。永井が部屋に電話を入れるとひとりは予測した対応だった。「すみません、すぐ行きます」ガチャッ。電話の向こうであせった様子が伺える。実は何を隠そう、私なのです。いやー、しっかり者の歩ちゃんを地でいく私としたことが最後にきてトホホでござる。そして、もう一人というのがグリマンデルだったのだ。「あー、もしもし、、、はーい。(やけに落ち着いている)わかりました、あと五分待ってください」。これ以上待たす気かい、と永井は半分本気でムッときたらしい。そういう人よ、グリマンデルって。
年齢不詳、国籍不明。放浪していた頃、旅先ではチベット人、ネパール人、ブータン人に間違われ(どっちにしろモンゴル系)、良くも悪くもその地に適応してしまうのが特徴といえば特徴、流されやすい性格といってしまえばそれまで。だからこんなにも高校生の制服が似合ってしまうのですね。友人には短大生の歩の方が何だかわざとらしく大人っぽく見せていて不自然だったと言われる始末。いやぁ、私本当は大人なんですよ、年齢からすれば。
カンパニーでは稽古場管理、雑務、マルセの漢方薬作り等を担当。旅公演では旅行会社勤務の経験を生かし、旗ふってツアーコンダクターもどきもしました。いやぁこんなにわがままでまとまりのない団体さんは初めてですよ。「あんただってちっとも頼りにならなかったよ」という誰かの声が聞こえてきた。
マドンナ百合子をやった人ってどういう人? あの場面だけ流れが異質だけれど意図的なものなの? あれは演技? 等々。百合子さんを囲む若草六人の場は多くの物議をもたらした。ってそんなたいそうなものでもないけどね。
作者のマルセはあの場を書きあげた時「これはいけるぞ」と実感した。実在のモデルのいる今回の芝居であそこは全くの創作である。それもあて書きの強み、松山薫の素のキャラクターが百合子像を作り上げたのだ。松山語録をあげたらきりがなく、そのボケかたは並でないが、実際のところそれらは天然なのか、狙ったものなのか見極めるのは難しい。彼女は侮れない。
私にとってはいいお姉さんだ。旅先では待ち合わせて毎朝一緒に朝食をとり、あれこれと話した。古いことをよく知っている。生きる時代を間違えたのではないかしら。マルセの『芸人魂』の世田谷物語に出てくるような、はたまた昔の日本映画に出てくるような雰囲気のある女性だ。ちなみに彼女の好物は焼き鮭の皮なので、舞台を見て一目惚れした殿方は覚えておかれたし。
シャンティな人。インドでは金持ちだとか有名であるという理由で尊敬されたりしない。心がいつも平安な状態で微笑みを絶やさず、かといって浮き世離れしているわけではなく、社会の悪には怒りを持ち、それでいてガンジス河のように広くて大きな心ですべてを受け入れてしまう、そんな人を「シャンティな人だ」と言って尊敬するのだ。
芝居のいろはもわからない私に演技とは、役者とは、ということを色々話してくれた。それは”教えてやる”といった上に立ったものいいではなく、演技青年のように初々しく新鮮な響きを伴っていた。
おちゃめな一面もある。今回の旅公演に記録の意味でビデオカメラをまわしたのだが、絶対やりそうもない維田が一番のってカメラの前でおどけて百面相をしたのだ。これは永久保存版として大事にとっておこう。
第一印象とその後の印象がこれほど違う人もめずらしい。それは個人的に私が受けたということだけに留まらないと思う。
とぼけた人だ。女性楽屋ではいつも笑わせてくれた。おとなしくて無口で控えめな人だとおもっていたのが、ガラガラと崩れ去った。自分のことを”おじさん”と呼ぶ。本人は男顔だと思っているようだ。髪を器用にささっと結いあげる。にしだまちこから元山奈緒子へ変身する時、「今からおじさんがおばさんになりまぁす」と鏡に映る自分に話しかける。すっかり私は彼女のファンだ。
マルセカンパニーのアイドル。あの訛りとあの顔にまいってしまう。田舎のない私にもふるさとを感じさせてくれる。彼の愛嬌の良さは誰にでも好かれ、何をしても許されるのだ。仕切り屋今野は演出家に代わってダメ出しをし、「じゃあ、今日はこれまで」と稽古をとる。
一緒に舞台に立つ人間に変な緊張感をもたらす。セリフは大丈夫か、という事以上に入れ歯の調子が心配だ。前作『役者の仕事』の稽古中に入れ歯がスポーンと抜け矢野の手に生温かいブツが乗っかったことがあった。本番中でも長ゼリフになると口元がふんがふんがとあぶなっかしい。
いつも元気なこんじい。電車に乗ってもマルセに席を譲るくらいだ。それが今回は稽古中から調子が悪そうだった。全く予想しなかったわけではないが、まさかの入院に我々は驚き、戸惑い、改めて彼の存在の大きさを痛感したのだった。ゆっくり療養してまたあの笑顔を見せて欲しい。
災難とは突然にやってくるものだ。今野入院は本人にとってはもちろん、マルセカンパニーにとっても、そしてこの松岡にとっても突然のことだった。彼は昨年初演の際、Beフリーでのゲネプロを観て涙を流して感動してくれた。まさかその芝居に自分が出るとは、それも東京公演明日初日という前日に緊急に呼び出され夜通しの稽古で舞台に上がることになるとは夢にも思わなかったろう。公演中は胃の痛みを訴えていた。そりゃそうだ、ご苦労様でした。でもいい舞台に仕上がって、終わり良ければ総て善し、災難も幸福に転化するともいえるでしょう。
この人にも突然がふりかかった。「マルセさんの芝居は前から観たかったんだけどいつも予定が合わなくて、今回やっと観に行けると思ったら『出てくれ』だもんね。驚いたよ」という言葉のわりに驚いた様子は見られない。ひょうひょうとした人だ。こちらは無理難題を押し付けているのに、「まっ、とにかく明日までにセリフは入れておきます」と淡々と言った。
本番の日、アロハシャツにジーパンというこれまた飄々とした格好で現れ、可愛いらしい奥さんと子どもを連れてきた。何で役者って年の離れた人と結婚するのだろう。たまたまかもしれないが今回のメンツでいえば、矢野、維田、狭間がそうだ。まっそれはともかく出演を楽しんだようでマルセ喜劇にはまった人がまた一人増えた。
本当に病人の多い集団だ。彼女の場合は食道がん、一年前は入院中であった。人間の生命力の強さを思う。ラストシーンで桜を見上げるといつも涙が出たらしい。「今年も桜が見られた、来年はどうだろう」と思うのだそうだ。
声の張りといい、肌の艶といい、本当に若々しい。楽屋では良く昔話をしてくれた。演劇史における生き字引のような人だ。詩も書く。余談だがあの新幹線のうたの作詞は彼女の手によるものだそうだ。賞金稼ぎのために応募したら当選し、新聞に顔写真入りで掲載された。私自身その歌を知らないのだが、私より若い友人が「知ってる知ってる、家にレコードあるよ」と言って口ずさんでいたので知る人ぞ知る名作なのかもしれない。
座長、ドン、ボス、頭、カンパニー一家の茶柱。にしだは「エネルギーが泉のごとく湧き出ている人」と評す。旅公演になると俄然元気を増す。移動の車中でも皆が疲れて寝ているのに一人しゃべっている。隣の席にあたった人は災難、もといラッキーだ。
楽屋はさながら浅草演芸場だ。隣の男性楽屋からはドッという爆笑が絶え間なく聞こえてきた。これが本番直前まで続くのだから何て緊張感のない現場だろうと思われたかもしれない。私は他の場を知らないから比べようもないが、もっとピリピリした雰囲気だ、と聞いたことがある。俳優一人一人テンションのあげかたが違って内にこもるひともいるだろう。それが芸人との差なのかもしれない。対客を意識するか、対自己に没頭するかの違いがある。かといってマルセにしても緊張感がないわけではない。緊張とあがることとは違うと言っている。いらぬアガリを解きほぐすマルセの話術に俳優たちも心地いい催眠にかかっていくのだ。