鳥居@名古屋病棟です。 大盛況のうちに名古屋公演が終わりました。 以下は友人からのメールです。 -------------------------- 昨夜はご苦労様でした。 完成度の高い芝居で 本当によく泣けました。 (このことはいずれどこかで書きたいと思っておりますが) 以前サンフランシスコに行ったとき感じたことですが、 あの街はエイリアンばっかりで、 東洋人だろうがメキシカンだろうがジャマイカンだろうが あるいはゲイだろうが みんな「あんたはサンフランシスコのヒトね」って感じで、 例えばたった2週間しか滞在していないボクに対しても 「この街のヒトでしょ」って感じでいろいろ話しかけてくる。 (おかげでボクはその度「日本から来たばっかりで分らないんだ」と 説明しなくてはならなかった。) 「自分は日本人なんだ」と感じることは多くても 「自分は外国人なんだ」と感じることはほとんどない街でした。 ボクは常々「在日」の人たちに選挙権がないことを不思議に思っていて、 なおかつそのことを知らない日本人が多いことを問題だと思っている。 (もちろん問題は選挙権だけのことじゃないんだが) 閑話休題 「自分は日本人だ」と意識して生きていない 日本人が多いことは残念なことだと思う。 逆に『イカイノ物語』の劇中人物のように 自分のルーツを誇りに思って生きていける人たちを うらやましくも思う(現実の世界では大変だろうが)。 「昔に比べて差別は少なくなった」と言う人たちは多いが それはやはり当事者ではないからだと思うのですよ。 チョッパリだろうが在日だろうが 「自分が自分として」生きていける社会になることを望みます。 (な〜んて、珍しくシリアス) とにかく、役者さんもスタッフの方も そしてマルセさんも ほんとにお疲れさんでした。 ではでは。
こんにちは、大阪のしばざき みゆきデス。 今日大阪初日の『イカイノ物語』観てきました。 私前売り買い損ねて、当日券で入ったのですが、当日券も並んで並んで 超満員でした。 いやもう、とにかく興奮して帰ってきてなにがなんだかわからない文章 になってると思いますがお許しください。 いや〜、矢野さんのオモニがとても素晴らしかったです。 『花咲く〜』の時の気丈で元気なお母さんがあれほど、ちっちゃな可愛 らしいオモニに化ける(?)なんて、すごいなぁという思いとともにどっ からどう観てもオモニだった矢野さんの魅力に会場のお客さんがみんな吸 い込まれていくようでゾクゾクしました。 勝治役の哀藤さんには場内爆笑させられるし、正雄役の永井さんとのケ ンカのシーンはまたいつものことかと、まるで本当の兄弟喧嘩のように苦 笑して観てしまいました。 とにかく泣いて笑って2時間弱、たっぷり楽しませてもらいました。 役者のみなさん、マルセさん、明日もう一日大阪で頑張ってください。 そして、この後の公演も大成功お祈りしています。
大阪/近鉄小劇場−− ぎょうさんの人・人・人でした。 立ち見の皆様、お疲れさまでした。 圧巻の舞台でした。 HPで読んでいただけの台本が、あないに 表現されるとは…げに、演劇の力たるや素晴らしいです。 かつ、マルセ・カンパニーの底力…さも、吹き出す間欠泉の 息吹でした。 「大阪が一番緊張する」とメンバーの皆様から異口同音 に聞きましたが、何の何の、もっと客をしゃくってください。 今日はストレート・パンチでした。 明日は、ジャブやアッパーを浴びたいです。 いや、客席も緊張してたからね… 金時鐘さんが来てました。「詩人がイカイノは女の 街やと言うてた」という正男の台詞の、あの詩人です。 私は高校生の頃から時鐘さんの詩に親しみ、色々と 教授をいただいきました。その詩人が、笑ってました。 顔がほころんでました。 7歳の娘が「酔っぱらいの兄ちゃん、一番気に入った。 電話、めっちゃオモロかった」と、 楽屋へつれて行けと、ねだる始末 −−よくわかって観てたのですねぇ。 これは予想ですが、すすり泣きの場面は共通していて、 「笑い」の箇所が地区ごとに少しズレがあったのではない でしょうか?各地の比較をしてみるのも 有意義かも判りません。 書きたいことはいっぱいありますが、 明日に備えて寝ます。 ともあれ、大阪・初日・大成功! 祝・祝・祝 (^o^)/~。 明日はダブルヘッダーで、益々楽しみです。 とりあえず、趙 博でした。
こんにちは。 とんぼ@生野区ならぬ城東区住民です。 近鉄小劇場、前日に電話してみたら、電話予約可能ということで めでたくチケットを前売り料金で入手することができました。 行ってみたら、キャンセル待ち(?)の方々がずらりと並んでいて 立ち見4000円、の札もあり、何と奇跡的にチケットが買えたこと、 とびっくり。 いや〜、あのような舞台・客席一体となったフィナーレは初めて 見ました。劇中では(T_T)しなかった私も、あの場面ではぐっと きてしまいました。 感想をHP「風来亭雑記」に載せました。 少うし、いちゃもんも書いたけど、もしよろしければお越しください。 Takako Tombo Noda E-mail: mxc06231@ja2.so-net.ne.jp "Kabuki & Shogi" http://www02.u-page.so-net.ne.jp/ja2/mxc06231
イカイノ物語を観て イカイノ物語(私はやはり漢字猪飼野の方が良い)を観る前にずいぶん悩んだ。台 本(sarusaruからコピーしたもの)を読むべきか、読まざるべきか。しかし、初めて 観る時の感激を大事にしようと思って読まなかった。大正解。 観る前にもう一つ心配があった。アクセントの違う大阪弁使われたらどうしよう。 これも完全に憂患に過ぎないことが分かった。大成功。 「暮らしていると出たくなり、出ると郷愁を強く感じる」というマルセさんの言葉 がそのまま生きている舞台、シリアスな「在日」問題を笑って泣いてみせる2時間、東 京と大阪を結ぶ電話が巧みに進行役を務める、最後に爆発するような朝鮮ブギウギ、 自然に出てくる涙、涙。 大成功、大成功。 マルセさんのご健康を心よりお祈りします。 神川忠雄
富山の赤星ゆかりでございます。 ああ、あれからもう1週間がすぎてしまって寂しいの。 富山公演も、大成功でした。村田さんによると、1週間前の時点(?)で、チケ ットが3割しかいっていない!と、あお〜くなっていたとか。 その後、東京公演を観てきて感想を地元新聞に投書したら、それがよかったらし く、当日はほ ぼ満席に近い感じまで行けました。32万都市の富山です。 8月1日という日は、富山大空襲のメモリアルの日で、昼間も夕方も夜も行事が たくさんあるので、「だれも来ない」から、会場の教育文化会館が、唯一この日 あいていたそうで、そんな日に大入りまでもって行けたのは、やっぱり「マルセ をみてほしい!」と訴えてがんばったみなさんのおかげです。 終演後、外には大きな花火が、大成功を祝うように、どーん、どーんとあがっ て、きれいでした。おまけに、大きな流れ星まで現れました。 舞台は、最初、やはり台詞が早口なのと、正男さんが後ろ向きの時にとくに聞こ えづらかったりで、観客の反応をみてハラハラしていましたが、そのうち引き込 まれていくのがわかりました。 「在日」という問題のみならず、親より早く娘を亡くした悲しみ、お母さんの痴 呆、遠距離介護、身近な人にもあるいろんな問題がつながっていて、胸にず〜ん と来ました。 おかんのアリラン、すごかったです! 前頭葉に来た来た。気がついたら眉間に しわを寄せていました。ほんとにすごかった。 みなさん、ほんとにありがとうございました。 打ち上げも楽しかったですね。また、マルセさんに私の舌っ足らずの議会質問の 「マネ」(ほんとは見たことないのにやっている)をされてしまった。嬉しかっ たです。
鳥居恭好@マルセ中毒患者会名古屋病棟(転地療養帰り)です。 大阪公演に行ってきました。長文御容赦下さい。 土曜日の昼過ぎに名古屋を出て、 近鉄小劇場についた時はちょうど昼の部終演。 地下にある劇場から大阪弁(そりゃそうだ)のおじさんおばさんが ゾロゾロ出てくる所に出っくわしました。 見るとみんな泣き笑いの、なんとも言えない表情。 目を真っ赤にしたイカツイおっさんが 奥さんと思しき連れのおばさんにからかわれています。 狭いロビーでは人が犇めくようにしてアンケートを書いています。 とても良い雰囲気の会だったのだな、と、 舞台を見るまでもなく感じられます。 趙博さんも復活してました。ロビーが一層狭く感じられます。 大編集長に連れられて楽屋へマルセさんに挨拶に行き、 汗だくの役者さん達と 「あ、観てくれたんですか」 「いや、今ついたトコです」 「やー、わざわざ。どうでした?」 「いえ、今ついたトコなんで」 二、三度のやりとりの後、 前夜放送されたBS「古館伊知郎・考えるテレビ」の観想等、雑談。 マルセさんは名古屋の時よりも元気そうでした。 大阪という安心感もあるのでしょう。 無論、大阪でやるにあたっての緊張感、恐怖感は 役者さん達には大きかったと思いますが。 で、マルセさんが鎮座している前に 豚足、キムチ、マッカリ(濁り酒)が鎮座しています。 マルセ婦人に勧められるままに豚足を齧り、マッカリを飲む。 到着するなり芝居も観ずに豚足齧るとは、 なんとずうずしいヤツでしょう、このワタクシ。 いったん外に出て冷麺を食べ(まだ喰うのか)、 夜の部の開場です。立ち見も出る盛況。 一目でそれと判る「てっちゃんのおじさん」は客席の注目の的でした。 さて開演です。 大笑いし、大泣きしました。 いつものことですが、芝居そのものを論じるのはワタクシには荷が重い。 他ならぬ大阪公演、という点に絞って、気がついた事を書き連ねます。 緞帳が上がるなり、 客席のあちこちから「あ、法事や」「法事や」の声。 あれ見てもワタクシには法事だって判らんわけですよ。 それに、「桃谷」「高津高校」「大富市場」等、 地名や固有名詞が出るたびに笑いが起きます。 やはり、背景を知っているから反応が早い。 羨ましく感じるほどでした。 法事のお供物の位置を直すシーン。 名古屋で笑いが起きたのは、 桃谷のサムチュンが直す所、つまり二回目なのですが、 大阪では一度目、マルセさん演じる都島のサムチュンが直した時です。 「ああいうの、どこでもあんねんなぁ」 と、客席のおばちゃん達が笑いあっていました。 驚いたのは、娘を失った矢野さんのオモニが慟哭する場面。 床を殴りつけながら 「アイゴォ、アイゴォ」 と嘆くオモニ、誰も泣かずにいられないあのシーンの冒頭で、 一瞬笑いが起きかけたのです。 オーバーな(と日本人には見える)嘆きが、 「あるある」の笑いに繋がったのでしょう。 しかしそれは一瞬のこと、空気は瞬時に張り詰め、 しだいに涙に包まれて行きました。 エンディングでマスターの叩くチャンゴ(長鼓)には、 ワタクシの前の席に座ったおばちゃん達も 「上手いなぁ」「やっぱりようやるわぁ」 と、感心の声しきりです。 おそらくは出演者がみな「在日」であると信じて疑わなかったのでしょう。 マルセさんと梨花さん以外の役者さん達、 とりわけオモニが日本人であるということとが、 カーテンコールの際マルセさんから告げられ、 客席からは驚愕の声があがります。 この日の公演で、マルセさん自身が書いている事を体感しました。 「人間が泣く場合ってのは、 だいたい皆同じ場面で泣くんだよね。 たとえば家族の死とか。 でも笑いってのは、皆一緒じゃない。 民族性もあれば、物の考え方、教養、 あるいは性別、年齢差もあるでしょう。 だからこそ笑いには、その人間の人生観が出るものなんだ。」 「イカイノ物語」にとって、やはりここは特別な場所です。 金沢の「花咲く家の物語」が特別の物であったように。 そんな客席で観られた幸運、幸福を感じています。 終演後の片づけを(ちょっとだけ)手伝い、 重ねてずうずうしくも、打ち上げまで付いて行ってしまいました。 翌日はコリアタウン鶴橋で食事、買い物。 トルハルバン(済州島の石の人形。マルセさんそっくり)、 購入いたしました。 昼食にはピビンパを、しっかり掻き回してスプーンで食べました。 その後河合塾主催の「おおさかコリア映画祭」で マルセさんの熱演と永六輔さんとの対談をかぶり付きで満喫し、 名古屋に戻ってまいりました。 8/4「イカイノ物語」名古屋公演の夜から現在に至るまでずっと、 頭の中で「念仏ブギ」「珍島アリラン」「橋」が鳴り響いております。 これはしばらく続くでしょう。 本当の贅沢をした週でした。 「イカイノ物語」の役者・スタッフのみなさん、 そして愛すべき各地の中毒患者のみなさん、 心より感謝します。 今日と明日の広島公演で「イカイノ物語」千秋楽ですね。 とにかく事故の無い様に、祈っています。
「イカイノ物語」、各地でのご成功おめでとうございます。 はじめまして、名古屋の増田です。 名古屋公演を観ました。登場人物の話のやりとりや韓国・朝鮮の歌や踊 りを「いいなあ。」と思って観ました。つらい歴史を直接訴えるのではな く、人々をじょうずに描いたり韓国・朝鮮の文化を芝居の中に効果的に生 かすことで観客の心を動かすところなど、脚本演出のうまさに感心します。 「いいなあ」と思う心に偽りはなく、こういうところから無意味なワダカ マリが解けていくのが理想的なのでしょう。 ところで、芝居が始まって私はセリフが聞き取りにくくあせりました。 あとで知ったのですが韓国語・朝鮮語がところどころに混じっていたので すね。聞き慣れないことばを「聞き取れなくて理解できない」と勘違いし たようです。夫は私の隣の席でしたが、事前にシナリオを読んで「予習」 をして観に行ったのであせらなかったそうです。それにしても、やや早口 で聞き取りにくい箇所があったのも確かでした。 お供え物の位置のエピソードには笑いました。どこにでもありそうなこ とだけに、つい「くくっ」と笑ってしまう。あれは声の大きい方が「勝つ」 のです。 ただ、第一場では勝治の人間像がいまいちつかめず、ちょっと「長かった 」。ところが、「ダーバン」の電話あたりからはっきりしてきて、にわかに おもしろくなってきました。さらに、おばあちゃんの呆けを心配する家族の 会話が終わるのとおばあちゃんがアヤトリを完成させてこちらに見せるのと がピタッと一致し、すかさず暗転、というところのうまさなど思わずうなり ましたね。それから、家族の会話でヤレ勝治が泣いただの泣いていないだの 言って会話の中心である勝治に注意が集中しているとき、桃谷のサムチュン が突然大きな泣き声で「ええなあ。ワシの兄貴は2人おって、、」と始める ところは意表をついておもしろかったです。またそういう場面があったら桃 谷のサムチュンの様子をみていようと期待していましたが、つい油断をして しまい、2回目もまた桃谷のサムチュンにやられてしまいました! 矢野さんは「花咲く、、」のときとは別人のようで、その役作りに感心 して観ていましたところ、あのオモニの歌。やっぱり役者さんだなあと思 いました。 オモニの歌とは対照的に、最後の全員での陽気な踊りは、芝居のとても 効果的かつ印象的な終わり方になっていましたね。中でも、梨花さんの身 のこなしは美しく、視線が吸い寄せられてしまいました。みなさんも美し かったですよ。もちろんマルセさんも美しかったのは言うまでもありませ ん。 最後に、知人が私に感想を寄せてくれましたので紹介します。 >なかなか良い作品でしたね。在日朝鮮人の問題も切り口が素直で、直接えぐるような > 痛みを観る側に与えず、それでいて腹からの痛みをじわっと感じるものでした。せり > ふが聞き取りづらいのがとても残念でした。 日本各地での公演がすべて成功しますよう、願っております。 増田
広島・福山病棟のドクターちゃびんです。 マルセさん、一座のみなさん、お疲れ様でした。そして、ありがとうございました。 全国公演の千秋楽として、広島公演は大成功でした。笑いと涙と拍手の嵐でした。疲 れてバテて広島入りすると予想していた、薮医者はかばんに点滴と注射を一杯つめて 、横になったみんなに点滴をしてまわる風景を頭に浮かべながら、広島駅に迎えにい きました。定刻に到着した新幹線から降りてきた一行は元気で、明るく、仲のいい家 族・マルセ一家(やくざの一家を想像してはいけない)で、体調の心配は薮医者のと りこし苦労でした。この日は自由行動で、ゆっくりしていただきました。原爆の日が すんだばかりの平和公園や原爆ドームへ行ったり、宮島まで行った人もあったようで す。マルセさんだけは、この日も大阪で永さんたちと仕事をしてから、夜の新幹線で 永さんと内田さんと一緒に広島入りされました。派手なアロハシャツにいつもの帽子 のマルセさんと、作務衣に野球帽の永さんたちは、20分遅れの「のぞみ」から降りて 来られました。翌日は呉で講演があるという永さんと別れて、駅近くの小さな中華料 理屋で食事をしました。いつものマルセさんでした。バクバク食べて、ウーロン茶を 飲みながら、いつもの演説が始まりました。奥さんがドクターストップ(薮医者は例 によって一言も聞き逃さぬように一生懸命演説を聴いていました)をかけるまで2時 間、しゃべり続けました。本当に、安心しました。 続きは、次回。 広島・福山病棟ドクターちゃびん 夢のような三日間でした。今日からまたいつものような朝です。40分のウオーキング から帰り、気持ちの良い汗を流しながら書いています。 昨日の午後、三日間の寝不足でボーとしているところへ、横浜から元NHKディレクタ ーで「幸せはガンがくれた」の著者で「ガンの患者学研究所」というホームページを 出している川竹文夫さんが、私の診療所へ訪ねてこられました。急患が来たため1時 間余りの短い時間でしたが、互いに考え方を確かめあいました。川竹さんの信念は、 がんは必ず治るというものです。ちょっとでも、どうかなとか考えない。がんは100 %必ず治る、必ず治すと考えなければいけないと、繰り返しオルグされました。奇蹟 ではないのです。まずがんは治ると頭を完全に切り替えて、治す努力を徹底的にする ことです。そのようなことを実行しているグループもあり、みんな元気にしているそ うです。諦めや悲観的な考えはまったく捨て去ることです。あなたの科学的な頭を切 り替える時です。可能性は無限にあります。かっこよく死のうなんて考えないことです。 さて私の知人から「イカイノ物語」の感想が届いていますので紹介します。 『今日の公演の余韻がさめぬままに、帰宅してパンフを見ていたら先生のアドレスを 見つけましたので、医療相談とは違うのですが、メールを送らせていただいています 。マルセさんの生まれ育った家族の人々の心のつながりの暖かさと韓国の伝統や文化 が新鮮な刺激として伝わってきて、最後の踊りは本当にみんなの動きが流れるような 美しさがありました。しっかり笑わせてもらったので、身体も元気になったようです 。ぎりぎりで切符を申し込めてラッキーでした。ありがとうございました。長女のボ ーイフレンドは在日三世で、彼は大学入学までそのことを知らなかったし、今も家族 ではあえてふれないでいるという話を聞いて 、この演劇を娘にも見て欲しいなあと 思いました。今日が最終日ということでもう難しいかも知れませんが、また関西で上 演されるような情報がはいりましたら、教えてください。今日はありがとうございま した。 高橋和子』 では続きはまた。 広島・福山病棟のドクターちゃびんです。 初日を前に、マルセさんと一座のみなさんの元気な姿をみて安心した我々ひろしまで した。あとは当日の追い込みだけだ、がんばろうという池田さんの言葉を胸に、マル セさんご夫妻を宿までお送りしました。私も同じ宿に泊まりました。並木さんが仕事 の都合で最終日にならないと来られないとのことで、そのかわりに私が泊らせて頂き ました。内田さんとツインの部屋です。私はいびきをかきますのでと前以ておことわ りすると、内田さんは私は歯軋りですと言われました。内田さんの美しい歯軋りの音 を聞きながら、マルセさんの夢を見つつ寝ました。 ここで福山の地理的な位置をご存じない方のために、説明しておきます。福山は広島 と岡山の中間にありますが、岡山よりです。「ひかり」で岡山まで20分、広島まで30 分のところです。在来線を使うと岡山まで1時間、広島まで1時間半かかります。一番 困ることは、帰りの新幹線の福山に停る最終便が広島発22時29分ということです。で すから最終便の時間はすぐに過ぎてしまいます。翌朝は5時起きで広島を6時発の一番 の新幹線で帰ります。内田さんには大変迷惑をかけたと思います。6時半に福山駅に 着くと、その足で入院中の患者さんを診て(私のところには入院がないので入院をお 願いしている連携病院へ行きます)、帰ると医院を開ける準備をして、メイルを見ま す(いつもは5時に起きてすぐメイルを見ます)。午前中の診療を終えると昼寝をし て午後の診療をしますが、今回は会場に16時集合でしたので、午後の診療を岳父にお 願いして早目に出ました(岳父は午前中だけ診療をしています)。 いよいよ初日です。昨日からつり上がっていた池田さんの目が、ますますつり上がっ てきます(なぜか下岡さんと私の目はいつもたれています)。リハーサルも始まった ようです。 広島・福山病棟のドクターちゃびんです。 忘れていたエピソードを二つ。 マルセさんの一行が広島入りした日、大阪から荷物を積んだトラックを運転するはず の並木さんが、仕事の都合で来れなくなり、かわりに正雄のはとこ役の一色涼太さん が一人で運転してくるとの情報に、広島のスタッフはちょっと心配顔。17時頃には着 くはずが、なかなか着かない。盆の帰省ラッシュに巻き込まれたか、もしや事故では と気をもみ、宿で待機してイライラしていた池田さんと下岡さん(事務所のクラーが 効かないので逃げてきたのが真相)に、高速を降りた一色さんから電話が入り一安心 。このあたりから池田さんの目は次第につり上がってきました。(一人だけで運転さ せないで下さい) 初日の11時から会場の県民文化センターへ荷物を搬入する予定でしたので、アルバイ ト(無料)に雇っていた小生の息子(大学生でまだ毛がある)を電話で起こして行か せました。11時過ぎに息子から電話が入り、誰もいないと言う。11時に宿を出発だか ら、そのまま待つように告げてわずか15分、もう済んだからとの電話。本当か?と下 岡さんに電話。本当なのです。マルセ一座はみんなで荷物を運ぶのです。仲の良い一 家なのです。(どこかの偉い劇団とはぜんぜん違います) 続きはこの次。 広島・福山病棟のドクターちゃびんです。今日から盆休みで休診ですので、まとめて 書いています。 さて、初日のリハーさる。県民文化センターの緞帳は、降りてくる途中で一度引っ掛 かるようです。ちょっと止るのではなくて、あれは引っ掛かっています。引っ掛かっ て揺れながら降りてきます。フィナーレで緞帳を下ろし始めるタイミングがなかなか あわず、朝鮮ブギのカンセンボサーのサーでとか、何回も繰り返していました。 「繰り返す」で印象的なことがもう一つ。桃谷のサムチュン役の維田修二さんは、他 の人が休んでいるときも、一人でセリフの稽古を何回も何回も繰り返していました。 18時開場、朝鮮の民族衣装を着た4人の女性がモギリ係りをする受付を通って、次々 と観客が入ってきますが、ちょっと出足が遅い。満員、立ち見とまではいかず、少し 空席がでました。大変残念だったのは、最前列にまとまった空席があったことです。 まるでVIP席のようでした。我々が日和った結果と反省しています。この件に関して は、この夜、行き付けの居酒屋「九太呂」でマルセさんからも厳しく言われました。 「だから朝鮮は嫌いだ」と何回も言われましたが、我々の責任です。広島はマルセさ んには特別の思い入れがあると自認していますし、マルセさんも広島を大切にしてく れます。それだけに残念で申し訳なく思いました。芝居はマルセ芸の集大成・マルセ 自伝・マルセ一族の歴史とも言える内容で、テンポも速く、心地好い笑いと涙の連続 でした。吉宮君子さんの演じる正雄の妹・町子の死、矢野陽子の演じるオモニのボケ と徘徊から、一転して町子の長男アキオの結婚式の流れの場への見事な切り替え、そ して歌が始まり、クライマックスのオモニの歌う「珍鳥アリラン」、フィナーレの朝 鮮ブギへと一気に盛り上がる迫力。素晴らしい舞台でした。 舞台がはねて、マルセさんは一座の人たちと街へ食事にいかれ、我々もいつもの九太 呂で、奥さんと梨花さんを案内して遅い食事と反省会をしているところへ、マルセさ んが合流されました。あとはご想像の通り、1時間びっしり演説です。今夜は下岡さ んのドクターストップでお開きにしました。マルセさんたちが帰られた後は、池田さ んがほえる番です。これはほっとくと朝まで続くので1時くらいで切り上げて、私は 今夜も内田さんと同室です。美しい歯軋りの音を聞きながら5時まで少し眠れます。 初日は無事に終わりました。 広島・福山病棟のドクターちゃびんです。 間違いがありましたので、訂正します。 結婚したのは、町子の長男アキオでなくて、正雄の長男・洪介でした。 「奇病の人」第1部「母と老人病院」の項の73ページに「花嫁衣装」と題して書いて あります。失礼しました。 鳥居さんも、維田さんの稽古を見ていたのですね。素晴らしい役者さんですね。 広島・福山病棟のドクターちゃびんです。 いよいよ今日は千秋楽。会場へ16時集合。仕事の関係で集まれる人が少なく、17時に ミーティング。池田さんから「泣いても笑ろうても今日が最後じゃけん、やっぱり広 島じゃ、よおやったのおと言われるように、最後まで頑張って盛り上げようや」と、 悲壮なお言葉。スタッフ一同も、ちょっと力不足を感じながらも、頑張らにゃいけん のおと、それぞれ持ち場に着きました。今夜は三角州の街・広島を象徴する太田川の 花火大会が行われます。小生の息子も友達と花火へ行くというので「花火は来年また 見れるけえ、イカイノはもう見れんのんよ、友達もさそうて来んさい、打ち上げもえ えけえ」というのに「誰もマルセさんのこと知らん言よるよ」と親の言うことも聞か ず、花火へ行ってしまいました。 この日は、もう絶対二度と見られないものを見てしまいました。昨日とはちょっと違 うリハーさるでした。最後のスナック・コスモスの場面です。マルセさんがスタンド の丸椅子に座ってにこにこしています。勝治役の哀藤誠司さんがマイクを持ってカラ オケを始める、ハイ!言うてやという場面なのですが、なにか皆にこにこ・そわそわ しているよいうです。勝治の長男・吉成役の瓜生和成さんは、使い捨てカメラを持っ て時々写しています。舞台の裾のカーテンの陰では、コスモスのマスター役の大久保 洋太郎さんがロウソクを立てたバースデイ・ケイキを持って、吉宮君子さんが火を着 けています。舞台では同じ場面を何回も繰り返すのですが、哀藤さんも、何でや?と いう様子です。大久保さんは火が消えないようにケイキをにらんでいますが、ロウソ クは短くなるし、とうとう消えてしまいました。あわてて吉宮さんが着け直します。 何回か繰り返された「泣くな妹よ!」の出だしが、突然「ハッピーバースデイ」に変 わり、みんなの合唱と拍手です。哀藤さんは首をひねってテレ笑い。瓜生さんは、カ メラマン。そして、バースデイ・ケイキを持って大久保さんが登場するかというと、 しない。しないんですね。できないんです。消防法というのがあって、やたらややこ しい。舞台では前以て届けておかなければ火は使えないんです。そこで皆に言われて 哀藤さんが舞台の裾まで行って、フーとやりました。そして、ロウソクの火が消えた ケイキを持って大久保さんの登場となります。中央の丸テーブルに置かれたケイキを かこんで、みんな嬉しそうです。マルセさん、ケイキを指差して「火をつけたら?」 、大久保さん「できないんです、消防法で」「ア、ソオー」。マルセさん「ところで 、いくつになったの?」、哀藤さん「35です」、マルセさん「ヘエー、35と知ってり ゃ、この役にはしなかったなあ」ですって。ケイキを切ることになりましたが、何故 か勝治の妻・玉恵役のいつもにこにこの松山薫さんと一緒にということになり、まる で結婚式のようでした。いつのまにかマルセさんの奥さんも来られていました。もう 一つ余分にホームドラマを見させて頂きました。 広島・福山病棟のドクターちゃびんです。 哀藤さんの35回目の誕生パーティーが終わり、リハーさるの続きです。フィナーレの 朝鮮ブギでみんなが踊る場面です。マルセさんの「並ぶとき横の線がずれてるよ、気 を付けて」という言葉で始まりました。確かに線が少しずれたり、テンポがずれたり 、おや反対向き?の人がいますよ。それはマルセさんです。 さて、いよいよ二人のパワフルで疲れを知らない大者の登場です。まず、立木寅児こ と並木さんです。これで全員がそろったわけです。今日入ったsarusaruのメイルのコ ピーを渡すと、例のさるのような?ひょうきんな顔(ごめんなさい)で受取って読ん でいました。読み終わるとリハーさるがすんだばかりのジョージ光山こと長男・正雄 役の永井寛孝さんに渡しました。「これ読んで!」という感じでしたが、永井さんは 近くにいたマルセさんに「どうぞ」という感じで渡しました。きっと永井さんに読ん で欲しかったのだと思います。 もう一人の大男、チョウ・バクさん。5月23日に大阪・KTVホールなんでもアリーナで 開催された、風フェスタ「ニッポンってなんだろう?」芸能とトークと音楽の集いで 、マルセ太郎の立体講談「殺陣師段平」/さとう宗幸の司会をしたときが初対面でし た。7月19日には広島のソウルスポットOTISで行われたイカイノ物語の景気づけライ ブ<猪飼野通信>(ここに本当はマルセさんが登場する予定だった)でお会いしました が、こんな大男とは気がつきませんでした。あの雪男のような体格と風貌で、歌を歌 い、日・韓・英・露語をあやつり、河合塾で英語の講師をするマルチ・タスク人間「 希代のペテン師」、その人が会場と同時に受付の物品販売コーナーに現われ、夜店の おっさん顔負けの売り声で手伝ってくれました。それがすむとチケット片手にさっさ と会場に入っていきました。座った場所から分かりますが、前以て買っていたチケッ トです。ありがとうチョウさん。もちろん打ち上げにも来てくれました。いよいよ千 秋楽の開演です。私もチケットを買って(残念ながらまだ残っていたのです)一番後 ろの席のマルセさんの奥さんの少し前に座りました。(スタッフのみなさん、ごめん なさい) 広島・福山病棟のドクターちゃびんです。 千秋楽の幕が開きました。いきなり哀藤さんの大声、永井さんの声が聞こえにくいの も無理ないかな。予想どおり(私は台本を読んでいません)チェサの場面です。マル セさんが登場すると会場から拍手。お供えものの魚と肉?の位置を入れ替える。ほと んどの場面やセリフは、今まで何回もマルセさんから聴いた話やマルセさんの本に出 てくるものだし、人物はマルセさんの家族なので、すんなり入っていけました。今回 は「在日」という大きなテーマがあるので、少し緊張しましたが、やっぱりマルセ太 郎の喜劇です。突然始まる維田さんの「ええなあ!」に続くセリフにマルセさんの考 えがはっきり出ています。私の父は1907年(明治40年)生まれですが、人間はみな同 じ、職業に貴賎なしという考えで、人を差別するようなことは一度も言ったことがあ りませんでした。演劇論や在日論はチョウさんにお願いして、私は感じたままを書き ます。千秋楽ということでか、今日は役者さんも少し緊張していたようですが、会場 は昨日とは比べ物にならないくらいの盛り上がりようでした。 すべてのセリフに一冊の本以上の意味がありますが、特に記憶に残るセリフ。 哀藤さんの「うれしいやんかあー!」 松山さんの「陽気な人は、呑気なんとちがう?」「寝てて何で長いということわかっ たん?」 維田さんの「朝鮮人や、日本人や言うけど、そんなん関係ない!人間や!」 カーテンコールでのマルセさんの「いかなる台本も、役者によって生きるものです」 出演者の中で在日はマルセさんと梨花さんだけ、大阪弁も殆どの人が始めてというマ ルセさんの説明に、会場からは大きなどよめきと拍手が沸き起こりました。矢野さん が日本人と聴いて驚いた在日の観客の人も多かったそうです。マルセさんの奥さんの 話では、矢野さんは、役になりきるために髪形を変えて、わざわざイカイノのパーマ 屋で当時オモニがしていたようにしてもらったということです。 最後にマルセさんは主催者から渡された花束を、矢野さんのも一緒に、高津高校時代 の恩師で、マルセさんの広島公演には必ず来られる渡辺先生に差し上げられました。 ついに千秋楽の幕が降りました。感動を胸に家路を急ぐ人たちとは別に、舞台ではさ っそくバラシが始まっています。会場の使用時間の関係と、このあとの打ち上げのた めに急がなければいけません。一座の人が中心となって、荷物を片付け、トラックへ 積み込みます。女性軍は楽屋の片付けです。21時半頃には、ほとんどすみました。い よいよオンドルバンでの打ち上げです。 私はビールを飲んで写真を撮る係りに徹しますので、あとは下岡さんにバトンタッチ します。結局オンドルバンを出たのは午前2時を回っていました。駅で1番の新幹線を 待つ予定でしたが、下岡さんが近くの24時間営業のサウナへ放り込んでくれましたの で、5時まで快適に過ごせました。といっても、この間ほとんど記憶がありません。 肩に食い込んだ鞄(点滴や注射を詰めたもの)のベルトのあとと痛みも消えかけて、 今年の夏も終わろうとしています。池田さん、スタッフの皆さんお疲れ様でした。は やく反芻会をしましょうよ。 ここまで読んで頂いて、有難うございました。下岡さん、よろしくお願いします。
広島の下岡です。 春はまだ来ておりませんが、幸せな気分に浸っております。 今しばらく、このボーっとした気持ちは続くことでしょう。 お願いですから、幸せな気分を害すメールのやりとりは謹んでいた だければ・・ ドクターちゃびんの広島報告は詳細に今後も続きます。せめてこれ が終わるまで。 千秋楽の報告が終わるまで、よろしくお願いいたします。 広島病棟は本当に数野先生が点滴・注射を準備され・・ 結局、お世話になったのはスタッフの池田さん、私、そして今回の 新患・築地さんという女の子が2本づつ。風邪ひきということもあ り。 趙さんに「注射がありますんで、打ってもらったらいいすよ」と 言ったらギャグにとられたみたいで・・ 出演者の皆さんも驚いておられました。という始まりから、以後は 数野さんの広島報告をお渡しいたします。打上げで涙された話も含 めて。(他のスタッフも泣いておりました) 広島の下岡です。 さて、ドクターちゃびん・数野先生の広島報告は同じ広島スタッフ としても感心します。 その30くらいまで進みそうですね。いいですね。ドキュメンタ リーをお届けしているみたいで。 1ヶ月先になると忘れそうなので・・ 広島を離れる日、マルセ夫妻を車でバスセンターで送る途中、「前 を歩いている年寄りを乗せてやってくれ」と。みなさん猛暑の中を 歩いて向かっていたのでした。歩いたら30分はゆうにかかる道の りです。 途中3人を乗せてバスセンター着。奥さんが「みんな!忘れ物ない ね!もういっぺん確認して!」 皆さんを降ろして、ふとシートの横を見るとなんと見事な奥さんの 忘れ物。(中身が何かは口が裂けても言えません) 早めに気づい たのですが、そこは街の中心地。車を停めるところはありません。 駐車場も待ちの状況。幸い広島駅新幹線口経由であることを知って いたので、新幹線口で待ち、無事お渡しできました。バスの外から でしたが、皆さんを見送ることができ、自分にとってはよかったの ですが・・ 生憎、携帯を忘れていたので、あせったマルセカンパニーの方から やんやん架かっていたのも知らず。帰ってみたら伝言、留守電の 嵐。 話は前日へ。宿から会場へマルセ夫妻をお連れする際、私の埼玉の 親戚も車に乗っておりまして、彼女はこの後、新幹線にて東京へ。 するとマルセ夫妻が「自分らはゆっくりだから、先に駅に向かって くれ」と。そういうわけにもいかず、結局は会場へ先にお送りしま したが、これら一連のことからもマルセさん、奥さんの人柄が覗え ると思います。 ちょっとドクターちゃびん・数野先生の広島報告を真似てみまし た。 広島です。 ドクターちゃびん・数野先生の報告がその30くらい続くと思って いたのですが、ふいをつかれてしましました。 打上げ編ですね。 乾杯のビールのおいしかったこと! 生まれてこのかた最高のビールだったといっても過言ではありませ ん。 本当に楽しい、みんなが一体となった打上げでした。 しばらく歓談のあと、マルセさんから今回の出演者、マルセスタッ フを1人づつ紹介。 維田さんの「ええ〜な〜〜」も飛び出し、時には茶目っ気のある自 己紹介を交えつつ。 梨花さんの挨拶には広島側も労がねぎらわれました。そして最後に マルセ側スタッフとして紹介されたのが、なんとドクターちゃびん ・数野先生でした。しかし全然、違和感もなく、そのことを自然に 受け入れられたのでした。(これが後の数野先生の感涙の涙のひき がねです) そして池田さんよりの広島側の紹介。 その後、興ものり、あの台詞・・「マスター、チャンゴ叩けや!」 大久保さんのチャンゴから始まり、趙さんの太鼓、本物の店のマス ターのチャンゴ、広島スタッフのコリアン保護者会・全さんの銅 鑼、ケンガリでマルセさんの踊りがはじまり、その輪が拡がったの でした。 マルセさんの踊りは、長老がかぶるような帽子にキセルをふかして いるようなポーズ。もう全くそのもの。全員大笑い!リズムは弾 み、喧騒に近い楽器の唸り、しかし旋律は民族の表現を。 趙さんのチェジュの民謡なども飛び出し、2倍楽しめた打上げで す。 続く・・ 音楽と踊りの宴のあとは、再度しばしのご歓談を。 合間には今回作ったスタッフ章にサインをしてもらうべく、スタッ フがマルセさんに寄っていきます。 今回、初参加のスタッフの何人かには涙が。カウンターではドク ターちゃびん・数野先生と数人で反芻会。数野先生が眼鏡をずら し、涙を拭き・・ 互いの労をねぎらいながらの打上げは夜遅くまで続いたのでした。 今回は新しいスタッフ、そして後援名義だけでなく実質のサポー ト、券売に協力してくれた「在日」関係機関のみなさん。ありがと うございました。 今日、マルセさんからハガキが届きまして、片隅に梨花さんからも メッセージが入ってて、「池田さんには下岡が必要で、下岡には池 田さんが必要なのですね・・」とありましたが、事務局サイドでは その通りです。しかし今回の「イカイノ」では関わった全てのみな さんの(出演者、マルセカンパニーのみなさん含めて)創り出した 広島公演だったと思います。全ての関係者、そしてお客さんに感謝 !乾杯! 個人的にも芝居、そしてマルセさんとの時間を通じて、いい勉強を させてもらいました。 人を敬うことをあまり考えてこなかった自分が素直に今「自分の一 番尊敬する人物はマルセさん」と言えます。勿論、数野先生も(上 位です!) 生死感(死生感は死が先にくるのであえて)・幸福論・人格(人間 としての格)・人としての魅力・選択肢を増やす為の想像力 等々 これらについては追々、書いてみたいと思います。 報告・完 で、よかったでしょうか?数野先生。 補足があれば(まだ続くんかい!と言われそう) また、花咲く・再演委員会の品川さんの感想も是非。 今回2日間の公演で、2日とも来られた方が数多く見受けられまし た。こちらもびっくりしましたが、自分自身もまた観たいと思いま すから、納得。このことからも芝居の素晴らしさを顕していると思 います。再演ツアーを是非。お客さんがお客さんを呼んで、増える だろうな。 本当、心に残る(未だ幸せな気分です)計4日間でした。 東京公演ではカーテンコールの際、「この芝居を観なかった人は不 幸になる」とマルセさんが言われたことについて、伊藤さんのコメ ントがあり、自分も正直、ちょっと言いすぎでは?と思っていまし た。そして実際観たときに、自分はマルセさんの言われたことにつ いてどう思うかがずっと頭についていました。 でも見終わって、伊藤さんの「少なくともこの芝居を観た人は幸せ な気分になる」これには全く同感し、マルセさんの部分について は、自分は「この芝居を観なかった人は、人を不幸にする可能性が ある」と感じました。人を不幸にしての自分の幸福はあり得ないと いうマルセさんの観点からすると同義ですが、この国はそれが人と しての常識にはなっていないようで。 広島・福山病棟のドクターちゃびんです。 実を言うと打ち上げ会で、マルセさんにスタッフの最後の一員として紹介されたとき は信じられない気持ちで、嬉しくて、言葉も出ず、本当はお礼の言葉やねぎらいの言 葉や、喋りだしたら止らないほうなんですが、何も言えませんでした。今もまだ頭の 中は真白(ボケのせいか?)です。これから、反芻会を繰り返すことによって、今回 の公演の歴史的意義であるとか、演劇論とか、マルセ文化論とか、広島演劇・文化論 とか、色々出てくると思います。ネタは沢山頂きました。 ここで改めて、マルセさん、一座のみなさん、スタッフのみなさん、下岡さん、そし て池田さん、お疲れさまでした。そして、有難うございました。もう一度、乾杯を! ひとつ忘れていたエピソードを。 打ち上げ会場へ、マルセさん、奥さん、梨花さんたちと着いて、店主のペさんが用意 してくれていた席に着くときのことです。椅子は本来のこの店の背もたれのついた上 等の椅子と、数を増やすために補助的に並べた丸椅子がありました。最初は奥から詰 めるために、スタッフの若い人が背もたれのついた椅子に座っていました。それを見 たマルセさんは「背もたれのある椅子には役者さんを座らせてあげてください」と自 ら立って交通整理を始めたのです。そして自分は動き回るからとほぼ中央の丸椅子に 座られました。言葉だけでなく、本当に役者さんを大切にするマルセさんを見て、ま たまた感激しました。(私はいつも感激ばかりです)
広島の品川です。初日の公演の翌日から昨日まで鎌倉から福岡と旅が 続いていましたので、感想を述べるのが延び延びになってしまい失礼 しました。 池田さん、下岡さん、そして数野先生を中心に百人委員会を結成して 動員に努力したスタッフの皆さん、ご苦労さんでした。独特な味のあ る広島弁の池田さんに引っ張られて、みんな頑張ってきました。 待ちに待った「イカイノ物語」の広島での公演の日がやっと来ました。 会社の仕事を終えて会場に向かうともう数人のスタッフが受付の準備に おおわらわでした。早速スタッフカ−ドを首にかけて行動開始。チョゴ リ姿の女性が雰囲気を盛り上げてくださっているし、みんなわくわくし ているような感じを受けました。やがてお客さんがぼちぼち来場され始 めました。僕が声掛けた9名の男女も時間通り来てくれました。 僕は都合で初日の公演しか見れないので、しっかり最初から見ておこう と役目の書籍・CDなどの販売を開演3分前に終えて指定席に着きまし た。前から4番目といういい席が確保出来ていたので、もう役者の姿が 目の前という状況でした。 幕が開くとセリフがテンポよくポンポンと飛び出し芝居の中にぐんぐん 引き込まれて行きました。最初は勝治の強烈な個性が目だって周りの者 が霞んでいるような感じでしたが、次第にそれぞれの関係が判明して行 き、マルセさん独特なセリフの言いまわしが展開されて行きました。 僕も弟がいるんですが、成人してからはあんな兄弟喧嘩は全くしたこと はないので、舞台劇だということをつい忘れてしまってつい勝治の言動 に腹がたち、殴ったろかという気持ちになりましたが、あの電話の場面 で勝治が最後に言った言葉、「嬉しいやんか!」にはそれまで抱いてい た彼へのイメ−ジが一変してしまいました。じ−んきた場面でした。 「花咲く」の時にも感じたじ−んと、そして「息子」のfaxが和久井 から届いたシ−ンの場面をマルセさんが語った時に感じたじ−んと同じ 感触でした。これがあるからマルセさんの舞台って、たまらない魅力が あるんだなあと思っています。 続々と寄せられている感想文を拝見していると打上げに参加できなかっ たことを悔しく思っています。文面からどんなに楽しかったか、感動的 であったかがようく分かりますし、事前の色んな苦労があったからこそ 大成功を収めた後には自然に涙が流れるんだなと思います。 初日しか知らないのですが、最後に、マルセさんが喋った時に客席から 大きな掛け声と大拍手が起こった時は、スタッフの一人としてああよか ったな、ここまでやってきてよかったなと心地よい感触を感じながら席 を立ちました。 こんなに素晴らしい感動を与えていただいた関係者の方々にあらためて 御礼を申し上げたいと思います。ありがとうございました。