真夏の夜の哀しみ 作・演出 マルセ太郎
真夏の夜の哀しみ(97/9/6読売)
「スクリーンのない映画館」で知られるマルセ太郎が、十二日から十六日まで東京・渋谷のジァン・ジァンで「真夏の夜の哀しみ」を上演する。一九九三年から始めた喜劇シリーズの第四弾で、自ら作・演出・出演するのが売り物だ。
マルセは、コントや動物の形態模写で活躍していたが、八四年から始めた映画再現芸で花開いた。一本の映画を一人で最初がら最後まで語り演じる一人芸。もともと新劇俳優志していたとがで、九三年に「黄昏に踊る」を作・演出・出演して自信をつけた。今回は通夜の席が舞台。生前、少し売れた芸人が急逝し、売れない芸人たちが駆け付けた。□うるさいだけの講釈師(維田修二)をはじめ、年季だけの漫才師(今野誠)、飲んだくれのコメディアン(藤原常吉)ら十一人が、芸談から楽屋話までしゃべりまくる。うれない芸人たちの寂しさ。酒で盛り上がり、組合を作る話も出るが……。「芸人の世界を知っているだけに難しい。あれも書こう、これ書こうと取捨に迷った。人間の営みは、悲しさの中にも笑いがあるという話。通夜の客のもめごとから死生観ものぞかせた」とマルセ。彼は漫談家で出演する。
真夏の夜の哀しみ(97/9 朝日)
老いや死を、「喜劇」として上演しているマルセ太郎のブロデュース公演第四弾「真夏の夜の哀しみ」は、十二日から十六日まで、渋谷のジァン・ジァンで。
登場するのは、急死した老コメデイアンの通夜に集まった人々。いずれも年配の、あまり売れない芸人や評論家たちで、口うるさく、一癖も二癖もある顔ぶれだ。
作・演出・出演のマルセは、「あらたまった席というのは、特に人間のおかしな面が出る。例えば黒沢明監督の『生きる』でも主人公の通夜の場面は喜劇だった」と言う。「私ががんで手術した時も、もう元気になっているのに、見舞い客が来ると必要もないつえをついて歩いたりする。どこかで病気を楽しんでいるわけです。人間の営みには笑っちゃうことがいっぱいある。元来、人間のやっていることはみんな喜劇ですよ」「役者それぞれのおもしろさを引き出す台本」といい、「現代の芸能界への批判、幸福とは何かという問いかけも、芸の中に溶け込ませて語りたい」とも話している。出演は維田修二、松岡文雄、今野誠、矢野陽子ら。