オープニング

音楽 下手にスポット 玉川

玉 皆さんおはようございます。毎日の御出勤ご苦労様でございます。私、日本老人党市会議員候補、玉川善一でございます。タ・マ・ガ・ワ、

タ・マ・ガ・ワ、タ・マ・ガ・ワ、玉川善一をよろしくお願いします。まだまだ若いです。ごらんください。(屈伸運動)イチ、ニ、イチ、ニ、ア

ン、ドウ、トロワ、シャットゥ。タ・マ・ガ・ワ、タ・マ・ガ・ワ。

F・O 音楽

 

一場

人村、編物をしている。

松岡、納谷、将棋を指している。

 

松 王手。(納谷にげる)王手。(同じく)王手。もうダメ、動けない。

(納谷、投了)

松 いや、惜しかったですな。この四・六角、これがまずかったな。もう一番いきますか。

納 もういいよ、面白くも何ともない。あんたは、どうしてそう落ち着きがないんだ。せかせか、せかせか、こっちまで苛だってくる。調子が狂っ

ちゃうよ。いいかい、将棋ってのはな、間だよ。間を楽しむものなんだ。勝ち負けなんて二の次だよ。

松 そうですよね。納谷さんの言うとおりです。考える間、この間がまたたまらないんですよね。

(人村、笑う)

松 あれ、人村さんどうしたんです。何かおかしな事い言いましたか。

納 ああ、そういうことか。僕のようなヘボ相手じゃ、考える必要ないということか。

松 そんな、あれっ、人村さんそれで笑ったんですか。それは違いますよ。やだなあ。

納 どこが違うんだ。だってそういうことになるじゃないか。あんた考える間がたまらないといったろう。

松 言いましたよ。

納 ところが、あんたはちっとも考えていない。せかせか、せかせか。こっちが置いた瞬間にすぐさし返す。つまり僕のようなヘボ相手じゃ、考え

る必要がないんだ。だから間がないといいたいんだろう。

松 誰もそんなこといってませんよ。いやだなあ。だったら納谷さん、瞬間だって間ですよ。瞬の間と書くでしょう。

納 あのね、松岡さん。僕はあんたのそういう所が嫌いなんだ。ヘ理屈ばかりこねまわして。何が瞬の間だ。

松 私の間、ちがいでした。さてと、商売に行ってくるか。

人 今日はずいぶん早いんですね。

松 東十条でお祭りがあるんですよ。早目に行ってたこ焼の仕込みですよ。今日は、こんなでっかいタコをサービスしちゃう。

人 お稼ぎなさい。

(登場する中村のお尻を触って松岡退場)

中 ああっ、エッチー、もういっつもなんだから。納谷さん、ハガキ来てますよ。

納 (受け取って)戦友会だ。

(矢野、タ・マ・ガ・ワ、と連呼しながら登場)

矢 タ・マ・ガ・ワ、まだまだ若いです。アン・ドウ・トロワ・シャットウ

中 何よ、それ。

矢 市会議員の選挙運動。バス停の前でやってんのよ。行ってみない、面白いから。(からかい)中身なし。ただひたすら名前の連呼だけ。この執

念、タ・マ・ガ・ワ、タ・マ・ガ・ワ。

中 バカみたい。何党なの。

矢 日本老人党。わたしいれようと思ってんの。

中 よしなさいよ。そんなひやかしわ。

矢 だって可哀相じゃない。一生懸命なのよ。ね、あれだけ名前連呼されたら、投票所に行って鉛筆持ったとき、手が勝手に動いて、タ・マ・ガ・

ワ、と書いてしまいそうにならない?

中 そんなバカな。

矢 あら、なるわよ。ね、人村さん。

納 そりゃ、あんただけだよ。

矢 あの人ね、奥さんに逃げられたのよ。

人 どうしてそんなこと知ってるの。

矢 だって、あたしに話してくれたんだもの。すっかり同情しちゃった。(→この気持ちから義太夫はいる)

♪どうぞ一票いれてくだされと、かき口説くありさまは、ほんに哀れなり、デデン、デン、デン。

(椅子より落ちる)

中 大丈夫?

人 (笑いながら)うまいじゃないの。

矢 うつっちゃったのよ、斎藤さんのが。同じ部屋でしょう。あの人ね、寝言でもうなってるのよ。

♪ととさんとかかさんに別れてからそこで止まっちゃうのよ。あと聞きたくなるじゃない。なかなかやんないのよ。それで、こっちがうとう

としかけると、

♪ととさんとかかさんに別れてからまた止まっちゃう。同じ所の繰り返しもうあたしイライラしちゃって、朝まで眠れないのよ。

人 義太夫っていいもんよ。あなた教わったら。なかなか素質あるわよ。

矢 ダメダメ、しょっちゅう誘われるのよ。

中 私もよ。

納 あの婆さん。しつこいんだよ。

中 婆さんは悪いわよ。

納 気の毒に、松山さんつかまっちゃったよ。

中 へえ、松山さんに習ってるの。いつから?

矢 だいぶ前からよ。松山さんて、おとなしいでしょう。びしびしやられてるわよ。「義太夫節っていうのはね、日本人の情念を歌った最高の語り

物よ。ハイやってごらんなさい。ダメダメ、もっとお腹に力を入れて」。また、斎藤さんの目が大きくて怖いんだから。

(斎藤、北村、永井、登場)

矢 斎藤さん、どこ行ってたの。

斎 となりの保育園。

北 可愛かったわよ。お遊戯見せてもらったの。永井さん、とっても人気があるのよ、子どもたちに。

斎 カンコウさん、カンコウさんて大変。手引っ張ったり、首っ玉かじりついたり、男の子なんか生意気に、カンコウなんて呼びすてにする子がい

るの。

北 ねえ、そのやんちゃぶりが可愛いの。ちっちゃなお尻がぷりぷりしてて。

斎 たべちゃいたいくらい。

矢 おいしそうね。

斎 矢野さん、変なこといわないでよ。

中 そうよ。今の矢野さん、すごくリアルだったわよ。(笑)

矢 だってさ、お尻がプリンプリンしててさ、斎藤さんが「たべちゃいたい」なんていうから、ついおいしそうと思ったのよ。

斎 あんたね、時々そうやって調子狂わすようなこというのよ。

矢 だって斎藤さんが、食べたいなんていわなきゃいいのよ。

斎 意味が違うでしょう。

永 まあまあ、もめないで。あのね、

(松山、葛飾、登場)

永 葛飾さんおはようございます。少しは慣れましたか。

葛 ハイ、今朝はよく出ました。

矢 葛飾さん、うんちのこと聞いてんじゃないの。

斎 いいじゃないの。勘違いなら勘違いのままにしておいて。

矢 だってうんちって言ってるのよ。

斎 うんちがよく出たってことは、ここに慣れたってことなんだから。

永 マアマア、ちょっと皆さんに相談したいことがあるんです。いまさっきも、斎藤さんや北村さんと、隣の保育園を見学させてもらったんです

が。

北 お遊戯がとっても可愛いの。

(斎藤と唄う)

♪カモメの水兵さん

並んだ水兵さん

(あ、それ!と矢野かけ声)

白い帽子 白いシャツ 白い服

並にチャップチャップ

浮かんでる

斎 (矢野に)あんた民謡じゃないのよ。

永 ちょっと聞いてください。前から考えてたことなんですが、今の子どもは、おじいちゃん、おばあちゃんと同居している子が少ないんですよ。

いわゆる核家族ですからね。

北 そうよね。

斎 私達の時代はさ、どこの家にも年寄りがいたわね。厳しいのはお父さん、お母さん。甘えたいときには、おじいちゃん、おばあちゃんがいて。

 

矢 年寄りがうさくてね。私なんか姑さんにさんざ泣かされたわ。

斎 矢野さん!

永 矢野さん、そういう話じゃないんです。

納 核家族になったのは、根本的に住宅問題だよ。いまの日本は。

永 ちょっとまってください。

中 永井さんの話聞きましょう。

永 実はですね。いづれうちの園長にも話すつもりですが、その前に皆さんの意見を聞いておきたいんです。さっき言いましたように、今の子ども

はお年寄りとの接触が少ない。これはやはり情操教育上にもどうかと思うんです。そこで、さっそく隣同士になっているんですから、うちのホーム

のお年寄りと交流会のようなことをやったらどうかと、保育園の先生たちとも話し合ったんです。

葛 (手をあげる)

永 ハイどうぞ。

葛 交流会って何やるんです。お手々つないで、と言うのはごめんだよ。

永 いや、何も遊戯とはきまってません。お話とか、皆さんそれぞれ、お得意のものを教えるのもいいでしょう。

北 いいわね、大賛成。私あの子たちに、昔の童謡なんかたくさん教えてあげられるわ。

斎 あたしは義太夫を教える。

中 ダメよ、義太夫なんか。

斎 どうしてよ。子どものうちから日本の古典になじませんたほうがいいのよ。

納 いや、そんなことより、礼儀作法をおしえるのがいい。親を大切にする。年寄りを敬う。この精神を小さいうちから。

人 そんなことしたら嫌われますよ、子どもたちに。一緒になって遊ぶだけで、わたしたちも楽しいじゃない。

納 人村さん、遊びは遊び。しつけも大事ですよ。鉄は熱いうちに打てと言いますからな。

人 でもまだ保育園なんですから。

納 いやこの間ね。韓国旅行に行った人から聞いたんだがね、韓国では、五十代になる息子が、七十、八十歳の親をおぶって、名所古跡を見物させ

てる姿がざらだって言うよ。さすが儒教の国だと、その人は感心していたが、子どものうちから、親を大切にする教育が徹底しているんだ。ところ

が今の日本の若いもんは何だ。

葛 そうです、その通り。

永 交流会ではそういうことも。

中 いきなり教育というのはどうかしら。向こうだって先生がいらっしゃるんだから。

人 そうよね。

斎 この間電車に乗ってたらね、今でもあたし、思いだすと身体が震えてきちゃうんだけど、シルバーシートに若い男と女が座ってるの、大きな荷

物を横において。そばに松葉杖のおじいさんが立ってるのよ。それでも平気、譲ろうとしない。あたしね、「ちょっと、ここはシルバーシートです

から、おじいさんに席を譲ってあげて下さい。」っていったら、女がね、「聞こえな〜い。」、こうよ。そして男がね、「てめえが座りたいんだ

ろ、ババア。」あたしね、もう何て言ったらいいのか、熱い、たまのような固まりがぐうっとあがってきて、「てめえ、お母さんはいるのかよ。」

矢 いったの、斎藤さん。

斎 言ってやったわよ。だってそうでしょう。

矢 あんた、番場の忠太郎じゃない。

中 何よそれ?

矢 「てめえ、親はいるのか。」「そんなもの、ねぇよ。」「よし。」(刀を片手で)バサーッ。

(まわり笑う)

斎 シミーズが出てるわよ。

人 そんな人でも、子どもの頃は

♪カモメの水兵さん

なんて唄ってたんでしょうね。

永 交流会のことですけどね。

北 斎藤さんて積極的なのね、偉いわ。

松 でも斎藤さん気をつけて下さいよ。相手が悪かったらどんな仕返しされか。心配だわ。

矢 そうそう、そんな事件があったじゃない。何年か前に千葉駅のホームでさ、覚えてない?

中 わかんない。

矢 あったじゃない。ストリッパーよ。酔っ払った男がさ、そうそうその人学校の先生だったわよ。ホームでストリッパーをからかってさ、「よ

う、ねえちゃんよ。」なんて肩に手をかけたもんだから、スリッパーが怒っちゃって、

中 スリッパー?

矢 いや、ストリッパーが怒っちゃて、「何すんのよ。」ってよけたもんだから、その男は線路に落っこちて入って来た電車にバーン!、死んだの

よ。

北 そんな事件あったわね。

中 でもそれ、ぜんぜん例になってないじゃない。

矢 新聞に大きく出てたわよ。

中 それは知ってるけど、斎藤さんの場合とまるで違うじゃない。

斎 いいのよ、この人いつもこうなのよ。あたしがやったことと、ストリッパーをからかった男と同じだというの。

矢 同じじゃないわよ。だけど

斎 だけど何なのさ。

(二人取っ組み合いになり、永い仲裁に入って、矢野にかじられる)

斎 ああ、むかつく。

永 まあまあ、矢野さんは知らない人には気をつけないと、何がおこるかわからないという意味で言ったんでしょう。

中 またそうやって、足して二で割りゃいいと思ってんでしょう。

永 足して割らなきゃしょうがないでしょう、こういう場合は。とにかく交流会をもつということにして、

納 大体ね、シルバーシートなんて、わざわざ作らなきゃならないのは恥ずかしい事だよ。情けないよ。どこの国にそんなものあるんだ。そんなも

のなくたって、年寄りや身体の不自由な人がいたら、席を譲る。当然の公共心じゃないか。

人 そうよね。役人的発想だと思うわ。

納 それじゃ、シルバーシートでなけりゃ、席を譲る必要はない、といってるようなものじゃないか。年よりはシルバーシートに行け。そのシル

バーシートに若いやつがふんぞり返ってる。だから、若いうちからの教育が大切なんだ。

中 だけどさ。お年寄りのほうも、席を譲ってもらうのは当然だという顔をされると可愛くないわよ。

松 そうかしら。

中 そうじゃない。(手で示して)これぽっちしか空いてないのに、図々しくお尻をいれて、いつのまにかちゃっかり奥

まで腰掛けてる人いるじゃない。

矢 結局座れるということよ。あれね、永い方は七人掛けになってんのよ。私はいつも勘定するの。一、二、三、四、五、六。あと一つ入れるわ、

ちょっとスミマセンって、お尻入れちゃうわ。

斎 ちゃっかりしてんのよ、あんたわ。

人 ハハハ、そう言えば地下鉄なんか、七人分の窪みをつけてあるわね、もめないように。

納 まったく情けない。

中 あれって、結局役になってないんじゃないお尻の大きさって、みんな違うんだから。

人 やっぱり役人的発想ね。

北 ほんとね。私なんか中村さんの倍とっちゃうわ。ハハハ、だけどねぇシルバーシートって、色はシルバーじゃないわね。いつかの電車なんかブ

ルーだったわよ。

永 あれは席の色じゃないんです。「老人席」とあからさまに言うのは、やはり日本人はためらうんじゃないですか。年をとると白髪になるでしょ

う。ホントは白なんですけど、それを銀髪というところから、シルバーシート。

北 なるほどね。永井さんはよく知ってらっしゃるわね。

永 で、交流会なんですがね。

納 なんでもカタカナで言やいいと思ってる。なにがシルバーシートだ。「老人席」、結構ですよ、どこが悪い。英語で言や立派なのか。あの石原

慎太郎だって、えらそうに「ノーと言える日本」なんて言ってるが、どうしてノーなんだ。日本には、否!という強い言葉があるじゃないか。「否

!といえる日本」どうしてそう言わないんだ。日本人として自信を持てというくせに、ノーなんていいやがる。語るに落ちるって事は、そういうこ

とだ。

北 まあ、納谷さんいいことおっしゃる。否!素敵な言葉だわ。りんとした響きがあって。

人 納谷さんが言えばぴったりね。

納 僕はね、テレビなんかに出てくる文化人で、やたらカタカナを使いたがる奴は信用しないんだ。

リアルタイムに、なんて言う奴を見るとむしずが走る。

矢 何のこと?

中 同時にということ。

納 だったら、なぜ同時にといわないんだ。

中 私に言わないでよ。

納 それから何て言ったっけ、あの婆さん。モアベターよ。

斎 ねぇ。あたしも大っ嫌い。

納 電車に乗るたびに腹が立つのは、さっきのシルバーシートにもそうだけど、何だい、ジェイアール線ってのは。僕はいまでも国鉄で通してるん

だ。

中 いまは民営になったんだから、国鉄はおかしいわよ。

納 わかってますよ、そんなことは。

北 どうしてジェイアール線というようになったのかしら。

永 民営になって、ジャパン・レイルウエイとなったんです。その略です。ジャパンのJとレイルウエイのRで、ジェイ・アール、つまり日本鉄道

ということです。

納 だったら、どうしてそう呼ばないんだ。日本鉄道のどこがいけない。長けりゃ、日鉄でもいいじゃないか。

北 僕に向かって言わないでくださいよ。

松 ジェイ・アールって、そんな意味だったんですか?知らなかったわ。

北 私もよ。永井さんって何でも知ってらっしゃるのね。人村さん、知ってらした?

人 私、あまり電車に乗らないから。

納 ほれ見ろ。利用者がわからないような名前をつけるなって言いたいんだ。アメリカ人が、自分たちの鉄道をフランス語で言うか。コマンタレ

ブーなんて。

永 他の人にもいってくださいよ。

斎 永井さん、可哀相。(笑)

納 さすがに誰も使わないけど、何だい、E電てのは。

矢 いい電車ということじゃないの。

納 バカなこと言いなさんな。

中 イージーのEよ。使いやすい電車ということよ。

人 あら、そうなの。イージーてのは、いいかげんということじゃないの。

納 そう。いいかげんなんだよ。まったくなげかわしよ。それから、なんでもザをつけたがる。テレビの演芸番組にあったじゃないか。ザ・マンザ

イ。訛るなよ、ええ。そのザだって使い古されてくると、今度はフランス語ときた。観光ポスターに、ラ・九州だって。いくらラ・九州って気取っ

ても、中身は、ばってん、よかよかには変わりないんだ。

中 ハハハ、それおもしろい。

松 どうして、そんな風になったんでしょう。

納 やっぱり植民地根性だよ。英語はフランス語でいや、ありがたいと思ってるんだ。

矢 でもさ、日本鉄道というより、ジェイアールのほうがかっこいいじゃん。

納 ほうら、やっぱりいるんだ。どうしてジェイアールが格好いいんだよ。

矢 だって、そうなっちゃたんでしょう。

斎 バカね。だからその事を、納谷さんは文句言ってるのよ。

矢 だって、決まったのは、

永 いや、話はちょと脇にそれましたが、隣の保育園との交流会ですが、

北 納谷さんのおっしゃることもわかるけど、わたしなんか英語がペラペラの人を見ると、やっぱり尊敬しちゃうものね。いけないかしら。

納 いやいや、それはそれでいいんです。必要があって、勉強して英語ができるようになった人、そりゃ、僕だって尊敬しますよ。そうではなく、

英語ができないくせに、やたら日本語の中にカタカナ語、つまり英語を入れたがる連中のことを言ってるんです。そこへいくと、いまだに魔法瓶・

万年筆・背広・靴下・虫メガネなんて、ちゃんとした日本語を使ってる連中を、僕は尊敬しますね。この間ある広告を見たら、リーズナブルなお値

段って書いてある。これなんだよ、僕の嫌いなのは。リーズナブルなお値段!いったい安いのか高いのか。

中 手ごろなお値段ということよ。

納 だったら、そういやいいじゃないか。

中 私に怒る。

(人村、思い出して笑う)

矢 どうしたの、人村さん。いやだあ。

人 いま突然に思い出しちゃったの。前に、新宿駅のホームで電車待ってたら、外人がね、日本の若い男の子に聞いてるの、日本語でよ。「高田馬

場はいくつめですか。」、そしたらさ、その男の子「ツギノツギデス。フタツメデス。」。何も訛らなくてもいいじゃない。(笑)、つられたの

ね。

永 相手にあわせたつもりなんですよ。さっき保育園で、北村さんもやってましたよ。「ボクちゃん、おいくちゅ?よっちゅなの。」、あれと同じ

ですよ。日本人の変な親切なんですよ。

北 そうかしら。

永 そうですよ。

納 それはちょっと違うな、永井君。

永 違いますか?

納 親切と言うより、おもねっているんだよ。外国人たって、アジア人には訛って答えないじゃないか。欧米人にだけなんだ。つまりコンプレック

スだよ、白人に対する。

中 あっ、納谷さんカタカナつかった。コンプレックス。

納 そりゃ、違うよ。僕は何でもかんでもカタカナ語がいけないと言っているんじゃないよ。コンプレックスと言うのは、今は日本語の中に定着し

ているじゃないか。そういうのは何も、

中 (笑)ずるい、ずるい。

納 わかりましたよ。つまり劣等感なんだよ。

永 劣等感と言うと、急に重くなりますね。

中 ほんとう、そうね「わたし、あの人にコンプレックスがあるの」と、言ってもなんだか軽いじゃん。へっちゃらという感じ。だけど、「わたし

のあの人に、劣等感があるの。」と言ったら、もう救いがないみたい。

斎 だって中村さん、そこだけ低音でいうんだもの。だったら、「コンプレックスがあるの。」。同じじゃない。

矢 ♪フランク永井はテイオンの魅力。

斎 関係ないでしょう。

納 だから大相撲の千秋楽で、あったろう。ほら、人気のあった、あの、ヒョーショージョー、というの。あれにしたって、

永 ああ、パンアメリカン航空の。

北 フランク永井さん、いまどうしてらっしゃるんでしょう。

斎 だいぶ前の週刊誌に、リハビリ受けてるって、出てたわよ。

松 お気の毒ね。

北 お見舞いにいった方を、誰だか、見分けがつかないんですってね。あら、納谷さんごめんなさい。お相撲さんがどうなさったの。

納 いや、大相撲の千秋楽で、外国人がいたでしょう、賞状を渡す、パンアメリカン航空の、今はありませんが。

矢 前にさ、映画鑑賞会で、「花いちもんめ」を観に行ったでしょう。

納 あのときの、ヒョーショージョーと言うのに、

矢 あの時の千秋実もそうだったのよね。ボケちゃって、家族の見分けがつかないの。自分の息子に、「どこのどなたか存じませんが」。わたし悲

しくなっちゃった。

北 千秋実さん、お上手だったわね。

永 で、交流会なんですがね、

矢 あそこんとこ覚えてる? 千秋実が長男のお嫁さんと十朱幸代と病院に行って、お医者さんから数字の検査を受けるでしょう。

斎 矢野さん、真似うまいのよ、やってみて。

矢 お医者さんが、千秋実を前において言うでしょう。「ちょっと簡単なテストをやってみます。」

斎 神山繁

矢 「いいですか。わたしが数字を三つ読みますから、その順序を逆にして言ってみてください。」例えば、わたしが二、三、四といったら、それ

を、四、三、二と、逆に答えるんですよ。いいですか。七、九、四。どうぞ。そしたら千秋実は、お医者さんの言ってること理解できないのね。ボ

ケちゃって。七、九、四。繰返すだけ。」「七、九、四」「ハイ、それを逆に言ってみてください。」「七、九、四」「ですからそれを逆に」

(突然立ち上がって)

「七、九、四、鳴くようぐいす、平安京。七九四年は平安遷都。いい国つくろう。一一九二年は鎌倉幕府。以後よく広まるキリスト教」。

(拍手をしながら)ぜんぜん似てなかった。

北 ようく覚えてるわね。千秋実さんは考古学の先生だったから、年号の記憶は残ってたのね。

納 ついさっきのことは何一つ覚えてないのに、うんと昔の、子どもの頃のことは覚えてるっていうよ。

松 そう。わたしの親戚に、八一になるボケのおばあちゃんがいるんだけど、あるときわたし、綾取りをしかけてみたの。おじさんが、そんなもの

できるわけないじゃないかと言ったんだけど、そしたらおばあちゃん、ちゃんとやったのよ。目はうつろだったけど、手はしっかりと動いて、五手

までもやったの。結局わたしのほうが壊しちゃった。うんと小さいころにやってたのを、身体は覚えてるのね。おばあちゃんにも少女の頃があった

のだと思うと、わたし感動して泣いちゃった。

北 (少し涙ぐみ)やさしいのね。松山さん。

人 わたしね、千秋実と十朱幸代が、公園のベンチでアイスクリームを食べるところがあったでしょう。あそこ好き。

松 わたしも。きれいなシーンでしたね。

矢 あら、あれアイスクリームだった?かき氷よ。

人 わたしはアイスクリームだったと思うわ。

矢 いや、かき氷よ。ね、北村さん。

北 さあ、どっちだったかしら。

矢 だってアイスクリームだったら、こうでしょ。あの時こうだったわよ。(アクションで示す。)やっぱりかき氷よね。斎藤さん。

斎 そんなのん、どっちだって変わりないでしょ。

矢 でも、かき氷だったの。

斎 人村さんがアイスクリームって言ってるんだから、アイスクリームにしときなさいよ。

矢 ダメ、かき氷よ。

斎 どっちも冷たいんだからいいじゃない。

矢 真実は曲げられないわ。

斎 真実なんて、また始まった。

(二人取っ組み合いになり、仲裁に入った永井、かみつかれる)

北 十朱幸代さんとのキスシーン、きれいだったわね。

矢 そうそう、アルタハンマー型ってさ。

斎 アルツハイマー。十朱幸代もああいう映画ばかり出ればいいのに、この頃やたらオッパイ出す映画に出るでしょう。

中 (思い出して)おかしい、ハハハハ。

斎 何よ。

中 斎藤さんがオッパイなんていうから思い出したの、ハハハハ。

斎 だから何ナノよ。

中 永井さん覚えてない?あの時は二本立てだったでしょ。「花いちもんめ」と、もう一本は「ひとひらの雪」だったじゃない。津川雅彦の。「花

いちもんめ」が終わって休憩のときに、永井さんがみんなに言って回ったじゃない。

永 何だっけ?

中 ほら、これで帰る人は、表にバスが待ってますから。

永 ああ、そうそう。もう一本観たい人は自分自分で電車で帰ることになります。

中 そのときよ、ねえ斎藤さん。西館の田中さんが、もう一本はどんな映画って聞いたら、永井さんが「ポルノ映画です。」って言ったのよ。

永 俺、そんなこといったっけ。

中 言ったわよ。そしたら斎藤さんが嫌な顔して、「行きましょ、行きましょ」と立ったのよ、ねえ。

斎 覚えてる、覚えてる。助平映画は嫌いと言った。

中 それで女の人はみんな立って、帰り支度始めたのよ。そして永井さんが「納谷さんはどうしますか」って聞いたらさ、ハハハハ。

斎 どうしたのよ。

中 納谷さん、難しい顔して、「俺は観ます。」それがおかしくって。

納 中村さん、それは違うよ。

中 そうよ。言ったわよ、納谷さん。「僕は観ます。」

(みんな笑う)

納 いや、あの時はそういうつもりじゃなく、

中 結局バスに乗ったのは女ばかり。

人 そういえば、あの時、どうして男の人は乗ってないのかと思ったけど、そんなわけだったの。ハハハハ。

納 ちがうよ、僕はそんな風には言わないよ。あれは松岡さんじゃなかったかな。

中 ずるい、ずるい、納谷さんが言ったのよ。「僕は観ます。」。それで他の男の人たちもつられて、そうしましょう。

納 それは違う。僕が言ったからじゃない。誰かが、これはいい映画だと言ったので

中 言った、言った。「僕は観ます。」、難しい顔して言うんだからおかしい。

納 中村さん。

北 いいじゃないの。男の人ってそんなの好きなんでしょう。

納 北村さん、それはちょっと。僕は前から津川雅彦が好きで、

中 あら、納谷さん赤くなってる。可愛い。

納 中村さん、いいかげんにしなさい。僕はそんなつもりで、ホントだよ。大体ね、あの映画はポルノじゃなかったよ。

中 なかったと言った。じゃ期待してたんだ。

納 言いがかりだよ。

中 でもベットシーンはあったんでしょ。

納 それはあったけど、一回か二回だけ。でも内容はそんなんじゃない。

人 納谷さん、そんなに弁解なさらなくても。

斎 そうよ、男はみな助平なんだから。

納 斎藤さん。

矢 納谷さんがそんなに慌ててるのは、北村さんの前だからでしょう。恥ずかしいんでしょう。

納 僕は怒りますよ。

葛 さっぱりわからん。どうなったんだ、交流会は。

F・O

二場

斎藤、松山、義太夫の稽古。

人村、いつもの位置で編物。

 

薫 ♪明けの七つの鐘を聞き、そっと抜け出てただ一人、山路

斎 ダメダメ、あなたの山は、幼稚園の子どもが遠足に行くような山なの。これは比叡山とか高野山とか、険しい山を想像して唄わなきゃ。

♪やましじ

薫 険しいですね。

(二人揃って)

♪いとわずみとせごし、切なる願いにご利生のないとはいかなるむくいぞや

斎 よくできました。今日はここまでにしておきましょう。

薫 ありがとうございました。

人 松山さん、うまくなったわね。

斎 そうでしょう。

薫 師匠がいいんです。

斎 何言ってん、師匠だなんて。うれしい。

(松岡入ってくる。)

松 いい声で聞こえてましたよ。いま何やってんです。

薫 壷坂霊験記です。

松 ああ、めくらの夫が谷底へ落ちるってやつ。

斎 松岡さん、めくらと言っちゃいいないのよ。

松 あっそうか。目の不自由な夫が、妻の信心で、目が自由なったという話。何だか言いにくいな、ハハハ。浪曲にもありますね。米若、いやあれ

は、佐渡へ佐渡へだ。ええ、誰だったか思い出せない。

♪妻は夫をいたわりつ、夫は妻にしたいつつう。頃は六月半の頃、夏とはいえど片田舎、木立の森もいと涼し。

人 何だか頼りないわね。

松 僕は音痴ですよ。ハハハ。昔あったじゃないですか、ラジオで。

人 浪曲天狗道場。

松 そうそう。相模太郎だったかな、「えい!おまけだい、ドンドンドン。」

人 よく聞いたわ。

斎 でも浪曲は下品よ。文句だっておかしいじゃないの。

♪夏とはいえど片田舎

松 うまい!

斎 片田舎だって、冬もあれば夏もあるわよ。

松 あれはね、調子なんですよ。大衆芝居なんかでもよくあるやつで。「去年死んだお父っつあんの、今年が三回忌」

人 ハハハ、ある、ある。

(矢野入ってくる。)

矢 ね、斎藤さん、西館の川西さんているでしょう。いま見ちゃったのよ。

斎 誰よ。

矢 川西さんよ。西館の、ほら、背の高い、

斎 男の人?

矢 女よ。ね、松山さん。

薫 わたし、西館のことは、

人 (笑いながら)矢野さんはよく知ってるわね、ホームの人の名前を。

矢 だってさ、見ればわかるわよ、人村さんも。あの人よ。顔をこんな壁みたいに真っ白にぬったくてさ、外出するときは、しわ隠しのトンボメガ

ネかけてさ。

斎 ああ、あの人。

矢 そうよ、あの人よ。人村さん見たことない?男の職員さんと会ったらさ、誰にもよ。「あら、ホホホ、失礼」

体くねくねさせてさ、いい年して色気たっぷり。

斎 あんなの、色気と言うんじゃないわよ。

矢 そうよね。絶対、進駐軍時代にキャバレーの女給やってたのよ。

人 (ふきだして)進駐軍、突然変なこと言わないでよ。

松 進駐軍、久しぶりに聞くね。

斎 で、どうしたのよ。進駐軍キャバレーは。

矢 男の人が面会に来たの。よく来るのその人。なかなか好い男よ。いつも車で来て、それでもって二人どっかへ行くの。それがね、何があったか

知らないけどもめてんのよ、玄関のロビーで。川西さんが「行かない。帰ってちょうだい」ってわめいてるのを、その男の人がなんだかんだとなだ

めてんのよ。まだやってるわよ。ちょっと見に行かない?

斎 バアバカしい。そんなの見たってしょうがないでしょう。

矢 わたし、見てくる。

(去る)

松 忙しい人だね、あの人も。

斎 放送局だから。あの人のあだ名、用のない救急車って言うのよ。

松 そりゃおかしい。

人 うまいわね、誰がつけたの。

(永井、中村、入ってくる)

永 どうしたんですか。矢野さん走っていったけど。

斎 ピーポーピーポー言ったでしょう。玄関で誰かもめてるんだって。

永 あ、あれ。もう行っちゃいましたよ。

斎 二人で?

永 ええ、いつものことですよ。じゃれあってんですよ。

斎 何だ、気持ち悪い。恥ずかしくないのかねえ。

松 まあ、人間の愛憎ってのは、これは業ですからね。

薫 年を取っても、そういうものってなくならないんですか。

松 なくなりません。それが生命力ですよ。

斎 そうかしら。あたしなんか、聞いただけで恥ずかしいわよ。

松 道徳で、いいとか悪いとかと判断してはいけません。欲望に善悪はないんですから。これを儒教では業とよんでいるんです。

中 あのさ、わたしよく考えるんだけど、ここにいる人たち、みんなお年でしょう。松岡さんだって、今七十一よね。

松 よく覚えてますね。

中 と言うことは、怒らないでね。あとは何年も生きられないわけでしょう。

薫 中村さん、何ていうこと言うの。失礼よ。

中 だから、怒らないでって言ってるでしょう。

永 怒らないでねって断ったって、中身を聞かないうちに、「怒りますよ」って言う人いないよ。

松 まあまあ、いいじゃないか。で中村さん、何を聞きたいんです。

中 だから、あと何年かと思ったら、死ぬのが怖くならないのかなぁと思うんです。

薫 もう、やめてよ、そんな話。

松 松山さん、いいんですよ。中村さんの言うことは分かるんです。僕だって若い頃、思いましたよ。電車なんかに乗ってて前に座ってる年寄りを

見て、もしかしたらこの老人は、、あと三、四年の寿命かもしれない。、よく平気でいられるなあ。

中 そうでしょう。

永 得意がることじゃないよ。

中 得意がってないわよ。そうでしょうと、言ってただけじゃない。

松 ハハハ、そうもめないで。此れは大事なことだからいっとくけど、ありがたいことね、神様は人間に、それほどたくさんの想像力をくださらな

かったんですよ。

薫 想像力?

松 そうです。松山さんは、十年先のこと、いや十年なんて、五年先の自分を想像できますか。五年、十年先といったって、それは言葉だけのこと

で、実感として想像できないんです。想像できるのは、精々が来年、再来年のことでしょう。だから今の僕にしたって、七十二、三になることしか

想像できない。まあそのくらいまでは生きられると思う。七十二、三になったら七十四、五までは、そう思ってるうちに寿命がきて死んでしまう。

はっきり、いついつに死ぬとかわかったら、そりゃ怖いですよ。うまくできてるんです。

斎 なるほどね。松岡さんうまいことを言うわね。

人 でも人間って、いくら年をとても長生きしたいのはなぜかしら。

松 見たいからですよ。

薫 見たいって、何を見るんですか?

松 世の中の、何もかもですよ。寝たっきりになっても、外を歩く人の様子を見たい。

永 好奇心ですか。

松 そう、それがエネルギーです。昔ね、寄席でこんな唄を聞いたよ。

♪見たい聞きたい、試したい

そこでわたしは考えました

風呂やの三助さんになりました。

中 嫌だぁ、変な唄。

永 おもしろい唄ですね。

♪見たい聞きたい 試したい

なんでしたっけ。

(松岡、永井、和して)

♪そこでわたしは考えました

風呂やの三助さんになりました。

永 深いですね。人生の神髄を感じさせますね。

松 またまた、永井君は調子がいいんだから。ただの助平な唄だよ。

(北村、入ってくる)

北 ずいぶんにぎやかね。宴会みたいだったわよ。

松 昔聞いたアホナ歌を唄ったんです。

北 どんな歌?聞かせて?

中 エッチな歌。

北 わたしエッチ大好きよ。ね、どんな歌なの?

松 永井君、唄ってあげなさい。

永 僕は今聞いたばっかりですよ。松岡さんやってくださいよ。

松 じゃ一緒に。

♪見たい聞きたい 試したい

そこでわたしは 考えました。

風呂やの三助さんになりました。

北 面白い歌。ね、どこがエッチなの?

斎 北村さん、わかんないの。風呂屋の三助さんよ。

北 三助さんは知ってるわよ。

斎 見たいから、三助さんになったという歌。

北 見たいから?あっ、そうか、ハハハ、エッチねえ。

(ちょっと間)

薫 松岡さん、人間死ぬとどうなるんでしょう。あの世ってあるんですか。

北 松山さん、あなたどうなさったの。急に深刻になって。

永 さっきからの話の続きですよ。

北 あらごめんなさい。途中からはいって。エッチな歌から急にあの世になったから。ハハハハ、びっくりしちゃたの。どうぞお続けになって。

中 あの世なんかあるわけないじゃない。死んだら灰になっておしまいよ。

松 そう決め付けたもんじゃありませんよ。

中 松岡さんは、あると信じてるの。

松 まあ、ちょっと聞きなさい。

北 何だか難しそうね。でもあたし、こんな話大好きよ。

松 いいですか。あの世があると言う人がいる。また、ないと言う人がいる。でも、どちらもそれを証明することができないんです。そうでしょ

う。見てきた人がいるわけじゃないんですから。

北 それはそうね。そのとおりよ。

松 誰も証明できないんです。あるかもしれん。だとしたら、わたしはあるほうに賭けたい。

薫 まあ、すてき。いい話だわ。「だとしたら、わたしはあるほうに賭けたい」。わたしも絶対あるほうに賭けるわ。

北 そうね、わたしも。

人 三木清の「人生論ノート」でしたわね。

松 ハハハハ、ばれましたか;人村さんも、あれ読んだんですか?

人 若い頃、バイブルみたいにして読んだわ。

北 結局どうなったの。あの世はあるっていうこと?

永 まあ、そういうことになったんです。

斎 ねえ松岡さん、あたしらの子どもの頃、よく地獄極楽の話し聞いたわね。あれ覚えてる?あたしは忘れちゃったけど。

松 ああ、あの話ね。

斎 あれを保育園の子どもたちに聞かせれば、ためになると思うわ。

永 あ、そうだ。保育園との交流会、来週土曜日に決まりました。みなさん、やること考えておいてください。

北 まあ、楽しみだわ。

永 でも、♪見たい聞きたい、 はダメですよ。

薫 それで、どんな話なんですか?

松 地獄極楽の話ね。聞きたい?

永 しゃべりたいでしょ?

(松山、目でうなずく。斎藤、「聞きたい」と挙手)

松 これは、その土地によって多少話が違うのだが、僕らが聞いたのはー。

ある五十いくつになるおばさんが死んで、あの世へ行ったんだ。そしてエンマ様の前に連れて行かれたら、エンマ様がエンマ帳を開いて、

「お前はここに来るのはまだ早い。若すぎる。現世へ戻れ」。そういわれて生き返った人が見てきたと言う話になっているんだ。

そのオバサンがエンマさんに「ありがとうございます。ついては現世へ戻る土産話に、地獄極楽を見せてもらえないでしょうか」と、お願い

したら、エンマさんは「それは、た易いことだ。おうい、青鬼!このオバサンを連れてな、地獄極楽を見せてやれ」と命じたんだ。鬼は、「どう

れ」とオバサンを案内する。オバサンは恐る恐る、鬼のあとについていった。

「ここが地獄じゃ」。見ると赤さびの鉄の扉。鬼は力いっぱいに開ける。ガクン、ガクン、ガクンガクン、コンカン、カーン。オバサンが恐

る恐る覗いてみると、わあ、なるほどそこは地獄。骨と皮ばかりにやせ衰えた人間がうじゃうじゃ、もがき苦しんでいる。何も食べさせてもらって

ないのかと、なおよく見ると、大きなテーブルには、ごちそうが山ほどあるではありませんか。なのに何故やせ細っているのか。さらによく見る

と、地獄の人間の腕は、肘から手首までが二メートルもあるんだ。これではせっかくのご馳走、バナナやりんごをつかんでも、口には入らんはな。

はじめっからないのなら諦めもつくが、目の前にご馳走を見て、それを食べることができん。これは苦しい。あせってもあせっても口に入らず、骨

と皮ばかりになってしまう。「なるほど地獄じゃ」。オバサンは感じ入って、今度は極楽へ案内してもらった。

極楽はさすがに極楽。扉は総ガラスばり、おまけに自動、スーッと開く。のぞいてみると、まるまる肥った人間がにこにこしていて、いかに

も平和でしあわせそうなんだ。ご馳走は山ほどある。しかしよく注意してみると、極楽の人間も地獄と同じように、肘から先が二メートルもあるん

だ。なのにご馳走は口に入ってくる。どうしてだかわかりますか。

わかりました。(アクション)ぐうっとのびた腕でご馳走を挟むんです。そのままだと、隙間からこぼれちゃうからクロスさせます。

松 バカモン。面白いこというね。そんな事ではない。極楽の人間は、ご馳走を手にしたら、それをほかの人の口に入れてやっているんだ。これで

わかったでしょう。もらった人は、「ありがとう」とお返しに、つかんだご馳走をこちらの口に入れてくれる。それでお互いにあわせ。これが互助

の精神。地獄の奴等は他人のことなど考えず、自分さえよければと焦って、せっかくのご馳走が口に入らん。結果は不幸だ。地獄極楽は、あの世で

はなくこの世にある。一人一人の心の中にあると言う教えだね。

北 いいお話。

斎 いいお話でしょ。

薫 いいわ、ためになるわ。人を幸せにできれば、自分も幸せになるということね。だけどさ、ちょっと違うんじゃない。人のためとかいうより、

利口か馬鹿の違いでしょう。「おい、俺お前の口に入れてやるから、お前俺の口に入れろ」ですむんだもの。

松 ハハハ、そうかもしれん。

北 中村さん、せっかくわたし感心してたのに。

斎 そうよ。

中 ごめん、ごめん。だけど現実は逆でしょう。悪いやつのほうが知恵働くわよ。

北 そういわれればそうだわ。わたしなんか単純だから、今のお話感心しちゃったけど、松岡さんどう解釈すればいいの。

松 中村さんみたいな考え方もできますが、感心したのなら、感心したままでいいんですよ。

北 じゃわたし感心したままにしとくわ。深く考えないで。いいお話ですもの。

薫 さっき人村さんが言っていた三木清ってどんな人ですか?

松 ハハあれね。哲学者ですよ。戦争の終わり頃、共産党の高倉テルという人をかくまった罪で、警察で拷問をうけて殺されたんですよ。当時、共

産党は非合法でしたからね。

薫 ひどいですね。

松 この人の「人生論ノート」てのは、今でも文庫本で出ていますが、なかなか面白いですよ。

中 人生論とか哲学とか、理屈っぽいのはいや。

松 そう決め付けたもんでもないですよ。理屈もね、算数みたいに面白いもんですよ。

中 算数きらい。

松 ハハハ、そう言ってしまわないで。例えばですね、「感情と感傷について」というのがあるんです。中村さん、この二つがどう違うのか考えて

みたことありますか。よくごっちゃになるんです。

(納谷、葛飾、入ってくる)

永 納谷さん、交流会、来週の土曜日に決まりました。

納 あ、そう。

永 葛飾さんも、何か考えておいてください。

中 松岡さん、感情と感傷、どうなったんですか。

松 例えばですね。ここにこどもに死なれた母親がいるとしましょう。当然母親は泣きます。子どもにおいかぶさって、ワアーッと泣く。それとは

別に、ひとりの女が夜空の星を眺め、昔の恋人を想い、「今頃あの人はどうしてるかしら」と涙を流す。この場合、はじめのおかあさんの涙は感情

で、あとの夜空は感傷だということは、すぐにわかりますね。

永 そうですね。違うということはわかります。

松 じゃ、どう違うのか、同じ泣くという行為なのに、感情と感傷、どこが違っているのか、これが質問です。

斎 同じじゃないの。

松 違います。

斎 どうして。

松 だからそれを聞いてるのです。

北 いい?

松 どうぞ。

北 感情は、たくさん涙を流す。感傷はほんのちょっぴり。

松 ハハハ、違いますね。

北 (楽しそうね)あら、違うかしら。

斎 はい。

松 どうぞ。

斎 感情はワアーッと声を出して泣く。感傷は声を出さない。

松 違いますね。それじゃ、北村さんのちょっぴりたくさんと同じだ。程度の問題ということになる。

永 どう違うんです。

松 降参かね。

永 降参します。

松 ハハハ、といっても、僕もうけ売りだがね。感情というのはね。そうすまいという心が働くんです。泣くまい、泣くまい、それでも泣いてしま

う。怒るまい、怒るまい、と思っても、爆発してしまう。これが感情。子どもに死なれた親が、泣きたいと思って泣きますか。そうでしょう。とこ

ろが感傷は、はじめっから泣きたいと思って、泣くんです。「あの人どうしているかしら」、自分でいい気持ちになるんですな。

薫 感傷はよくないということですか?

松 まあ、一人でおセンチになっている分には罪はないが、よくないですね。事実をごまかす作用があるんです。感傷に酔うことで、物事を美化し

てしまう。演歌にはそういうのが多いですよ。ことに軍歌を唄ってるのを見ると腹が立つ。

♪ああ、あの顔であの声で

納 それが、どこが悪いんだ。

松 自分たちがいいきになってるだけじゃないか。「手柄たのむと妻や子が」?手柄って何だ。中国人を殺すことじゃないか。

納 今になれば、そんな事は誰でも言えるよ。あの時は戦争だったんだ。

松 またそれだ。戦争だから仕方がない。まだそんなこといってるんですか。いったい、何のための戦争だったんです。中国人が日本を攻めてきた

んですか。こっちが勝手に乗り込んだ、侵略じゃないか。

納 それは、そんな単純なことじゃないよ。

松 あれは文句無しに侵略ですよ。

中 永井さん。

永 まあまあ、ちょっと待ってください。

松 中国人の立場になってみろ。日本人がいい気になって、「ああ、あの顔で」なんて唄ってるのを知ったらどう思うんだ。

納 おれたちはそんなつもりで唄ってない。もちろんあの戦争については、いろいろ批判もある。しかし国のためにだな。

松 国のため?国って何ですか?

納 日本だよ。日本の国のために死んでいった人たちをだな。

松 そんな事を言ってるからダメなんだ。それが感傷だといってるんだ。国のため、国のため、みんなごまかしだ。

納 じゃ、戦死した連中は犬死にだったのか。

松 ああ犬死にだよ。

納 それは許せん。それだけは絶対に。

永 ちょっと、ちょっと、二人とも。

納 特攻隊で散った若者を、あんたはどう思ってるんだ。

松 だからこそじゃないか。ええ何故怒らないんだ。片道燃料だけで、敵艦に突っ込んでこい、死んでこい。そんな事を命令したやつを、犬死にさ

せたやつを何故憎まないんだ。憎まない奴はアホだ。

納 アホとは何だ。(松岡の胸を突く)

松 アホだよ。

永 いいかげんにしてください。

(矢野、玉川、入ってくる)

矢 みなさん。

玉 こんにちは。

矢 この人ね、玉川さんっていうの。

玉 お邪魔します。

納 何だ君は。ここへ何しに来たんだ。

玉 はい、矢野さんのご好意に甘えまして。

矢 この人ね、市会議員に立候補したの。

納 そんなことはタスキ見ればわかるよ。

玉 今日はそのご挨拶に参りました。つまらないものですが、よろしくお願いします。何かご不自由がありましたら何なりとおっしゃってくださ

い。お手伝いします。

(タオルを配る)

斎 矢野さん、戸別訪問は選挙違反よ。

玉 いえ、そんなことはありません。ここはみなさん団欒の広場ですから。

永 広場?

玉 はい、ですから戸別訪問にはならないのです。

永 ここは談話室です。

玉 はい、談話室という名の広場です。

永 ちゃんと屋根があるんですよ。

玉 東京ドームにも屋根があります。よろしくお願いします。

(配る)

松 なんだ、これは。ワイロじゃないか。

玉 ワイロだなんてとんでもない。ほんの名刺代わりですよ。(誰かが開けようとする。)

ああ、開けないで、後で。

斎 あっ、千円入ってる。

納 貴様、おれたちを買収するきか。

玉 買収だなんて、ほんのご挨拶です。

松 ホームの人間だと馬鹿にしてんのか。

玉 そんな。

矢 この人いい人よ。

玉 いい人よ。

矢 いいじゃないの。

玉 いいじゃないの。

納 矢野さん、あんた自分のやってることわかってんのかね。(玉川を突いて)

帰れ!

(よろめいた玉川を松岡が突く。葛飾のところに倒れる。)

玉 あ?あなた、後楽園で昔見ましたよ。ガッテム、なんでしたっけ。

葛 知らん、おまえなんか。

(あちこちで突き飛ばされ、人村の前)

人 みんな何で怒ってるかわかりますか。

玉 どうしてなんでしょう。

人 安すぎるんです。

F・O

三場

 

夜の公園のベンチに納屋。

“同期の桜”を口ずさむ。そこへ北村登場。

 

北 あら納谷さん、珍しいわね。どうなさったのこんなとこお一人で。

納 いや、今日は久しぶりに、昔の戦友に会ってきましたので。

北 物思いに沈んでいらしたのね。

納 ちがいますよ。そんな。北村さんは。

北 わたしはよく来るんですよ、ここへ。ここだけがうそみたいに静かでしょう。。車の音も聞こえなくって、好きなんですよここは。

納 そうですね、静かですね。でも怖くないですか、女の人が一人で。

北 あら、わたしみたいなお婆ちゃんを襲う人がいるもんですか。

納 お婆さんだなんて、とんでもない。

北 納谷さんなら、襲ってくださる?

納 襲うだなんて、そんな。

北 冗談ですよ。

(おかしそうに笑い、納谷のそばに腰掛ける。納谷ちょっとずらす。)

納谷さんて、ホントにまじめな方ね。鉄板みたい。

納 鉄板?

北 ちょっと冷えるわね。こっちに寄りなさいよ。

(納谷ちょっと寄るが、まだ間がある。北村のほうからぴったり寄り添って、腕を絡ませる。)

こうすると暖かいでしょう。子どもの頃、冬の寒い晩は、こうやってよく兄に寄り添ったものですわ。ね、おしくらまんじゅうしましょう

よ。

♪おしくらまんじゅう、押されて泣くな

(北村は無邪気。納谷はかたくなってテレている。押し返す力は弱い。北村がうんと力を入れたら、納谷ベンチから転げ落ちる)

北 ああら、ごめんなさい。わたしったらデブだから。ごめんなさいね。なんともなかった?痛かったでしょう。

納 いや、大丈夫です。

北 ほんとに?どこも何ともなかった?

納 大丈夫ですよ。このくらいのことで。

北 よかった。わたしって、女のくせに力あるでしょう。兄によく言われたわ。お前はお転婆だって。小学校の頃木登りなんか得意だったのよ。母

によく叱られたわ。ズロースが見えますよって。ハハハハ。お勉強より運動が好きだったの。納谷さんは?

納 僕はリレーの選手でした。

北 そうでしょう。ガキ大将だった?

納 いや、ガキ大将ってわけではなかったんですが、体は小さいくせによくケンカはしました。

北 フフフ、その時の様子が目に浮かぶわ。すばしっこかったんでしょう。

納 殴られる前に、くるくる廻って逃げました。

北 わたしくるくる廻れるのよ。

(くるくる廻る。その愛らしい様子に納谷感動する。北村元に戻る)

ああ、久しぶりに廻ったら、心臓がドキドキ。(いきなり納谷の手を取って胸に当てる。)ね、ドキドキしてるでしょう。やっぱり歳ね、も

うお婆ちゃんだわ。

(納谷固くなる。ぎこちない。)

納 お兄さんは、今、

北 いないわ、とっくに。特攻隊で死んだの。大好きだった。わたしのことをとても可愛がってくれたわ。普段はしかめっ面をしてて、(思い出し

笑い)納谷さんみたいだったわ。

納 お兄さん鉄板だったんですか?

北 鉄板?なんのことそれ。

納 さっき北村さんが、僕のことを鉄板みたいと言ったじゃないですか。

北 あら、そんなこと言ったの?鉄板って。

納 言いましたよ。

北 鉄板?ほんとだわ。わたしうまいこと言ったわね。なるほど鉄板だわ、納谷さんて(おかしそうに笑う。)

納 そんなにおかしいですか。

北 ごめんなさい。悪い意味じゃないのよ。だってそうですもの。まじめで堅いし、熱しやすくて、なかなかさめない。

納 確かに僕はさめません。いいかげんなことは嫌いです。しかし熱しやすいというのはー、やっぱり熱しやすいかな。

北 星がきれい。ね、わたし星座を三つだけ知ってるのよ。(空を探して)ほら、あれが北斗七星、ひしゃくみたいな形をしている。一、二、三、

四、五、六、七。六番目と七番目を結んで、ずうっと引くと、ほら一つだけ大きく輝いているのが北極星。北極星だけが位置は変わらないのね。昔

の船の旅人は、北極星をたよりに航海したんだと、兄から教わったの。それでは、あとの一つは何でしょう。

納 僕は、星のことは。

北 カシオペア

納 カシオペア?

北 ほら、あそこのところ。ダブリュウという字になっているでしょう。(指でなぞる)

納 ああホントだ。ダブリュウになってる。知らなかったな。

北 兄はカシオペアをさしてよく言ってたわ。「俺は絶対ワセダに行くんだ」って。

♪都の西北、早稲田の杜に

納 お兄さんワセダだったんですか。

北 そう、それから学徒兵に取られ、特攻隊に志願したの。可哀相なお兄さん、お嫁さんももらわずに。(納谷、鳴咽する)どうなさったの。

納 僕は、あの時死ぬべきだったんですよ。

北 何をおっしゃるの。

納 僕も特攻隊だったんです。○○基地にいました。出撃の命令がくだった日、僕の飛行機だけだエンジントラブルを起こしたんです。飛び立った

仲間は、全員見事に死にました。僕だけが残ったんです。そして次の出撃命令を待っているうちに敗戦。

北 運がよかったのね。

納 とんでもない。あのとき仲間と一緒に、僕も死ぬべきだたんです。

北 どうして。

納 どうしてって、死んだ仲間にすまないんです。あなたのお兄さんにも。自分だけが生き残って、つまらん人生を過ごし、こんな老い恥をさらし

てホームのやっかいになっているなんて。

北 そんなふうにおっしゃらないで。わたしだってホームにいるのよ。

納 いや、あなたは違います。

北 同じよ。

納 いや違う。北村さんは、そのお、若い。

北 若くないわ。みんなと同じで、わたしもおばあちゃんよ。これからも、どんどん歳を取っていくわ。

納 そんなことはない。北村さんは、そのう、他の年寄りとは違う。あなたは、美しい。

北 美しくなんかないわ。ただ生き生きしているだけよ。

納 そうだ生き生きしている。北村さんを見ていると、こっちまで元気になります。どうしてそんな風になれるんですか。

北 嫌なことは忘れることにしているの。陰気なのは嫌い。男の人って、どうしてそういろいろ考えるのかしら。わたしね、今こうやって、納谷さ

んと夜の公園のベンチに座ってるでしょう。ふいと、全然別のことを思い出したりするの。昔みた、新派の「婦系図」を思い出してるのよ。おかし

いでしょ。

納 ああ、お蔦、主税のあれですか。

北 そう、若いときに観たものはいつまでも覚えるものね。わたしの観たのは、水谷八重子さんでしたけど、きれいだったわ。湯島天神のところ

の、あの科白が一番好き。

納 別れろ、切れろは、芸者のときに言う言葉。

北 そこじゃないの。話がすんで結局二人は別れることになるでしょう。そしてお蔦が主税に、「あなたはこれからどうなさるの」と聞いたら、主

税が、「故郷の静岡に帰って代用教員にでもなる。」と答えたとき、お蔦が言うでしょう。

納 さあ、何でしたっけ。

北 「静岡って、箱根よりも遠いの。」何て可愛い科白でしょう。じーんときて泣いたわ。男の人って、そういう女の人が可愛いのでしょう。

納 静岡が箱根より遠いのか、と聞くことガデスか。

北 可愛いじゃない。芸者やってて、東京から一歩も外に出たことのない女の哀れさがあるわ。

納 あの頃は新幹線も走っていませんでしたから。

北 そういう事ではないの。

納 どういうことですか。

北 ね、難しい話はやめて、唄いましょう。わたしは昔デコちゃんのファンだったのよ。

納 デコちゃん?

北 高峰秀子さんよ。

♪あの子かわいや カンカン娘

赤いブラウス サンダルはいて

誰を待つやら 銀座の街角

時計ながめて そわそわにやにや

これが銀座の カンカン娘

(北村のってきて、しなをつくりながら唄う。納谷拍手)

北 さあ納谷さんも一緒に。

納 いや僕は駄目です。

北 ♪雨に降られて カンカン娘

傘もささずに 靴までぬいで

ままよ銀座は わたしのジャングル

虎や狼 恐くはないのよ

これが銀座の カンカン娘

 

北 さあ、今度は納谷さんの番よ。何か唄って。軍歌は嫌よ。

納 それじゃ、戦死した先輩から教わった歌が一つだけあるんです。今まで、人前じゃ一度も歌ったことなかったんですが、北村さんのために唄い

ます。

♪美しい人にであったときは

優しく淑やかにひざまづいて

ニヤニヤ笑って

手を握りなさい

大声をあげず逃げ出さないならば

あ、ら、いけすかない人ですわね。

ああ およしなさいましよ

てなことを言ったてもう大丈夫

彼女はあなたの両手を待っている。

(納谷、たまらず退場)

北 納谷さん!(納谷を追って退場)

(覗き見していた矢野と玉川、腕を組んで

♪美しいと歌いながら、下手より上手に退場)

F・O

第五場

 

葛飾一人、酒を飲んでいる。

永井入ってくる。

 

永 あれ、昼間から飲んでるんですか。

(葛飾答えない。)

永 みんあゲートボールに行ってますよ。葛飾さんはやらないんですか。

葛 ばかなこと言っちゃいけないよ。あんなもの、年寄りがやるこったァ。

永 葛飾さんも年寄りじゃないですか。

葛 そうだよ。だからいやなんだ。永井さんは、今日休みじゃなかったのか。

永 今日は泊まりなんです。

葛 しかし、あんたはえらいね。よくへらへらして、年寄りの面倒を見られるね。えらいよ、あんた。

永 へらへらなんかしてませんよ。

葛 へらへらしてるじゃないか。たまには腹が立つことないのか。男なら怒ってみろ。

永 僕だって、怒るときは怒りますよ。

葛 何を、怒りますよだ、その顔で。何とかならないのか、その眼は。

永 眼がどこか、いけませんか。

葛 そのちいちゃこい眼で、よく物が見えるね。

永 見えますよ。ちゃんと葛飾さんの顔も見えてますよ。

葛 じゃ、俺の顔が、こんなひしゃげて見えてるのか。

永 いくらたれ眼だからって、ものまでたれて見えるわけないでしょう。

葛 ちょっと目を開けてみろ。

永 さっきから開いてますよ。

葛 それで開いてんのか。じゃ、閉じてみろ。

(永井、目を閉じる。)

葛 同じじゃねえか。それが眼か。俺は眉毛の影かと思った。

永 葛飾さん!面白いじゃないですか。こんなことにはチエが働くんだね。

葛 えらいね。あんたはホントにいい人なんだね。優しい人だよ。おれたち年寄りを可哀相に思って。

(突然泣き出す。)

永 どうしたんですか。葛飾さん。笑ってんですか。泣いてんですか。

葛 泣いてんだよ。おれはね、このホームに来るまで、葛飾さんて呼ばれたことないんだよ。ありがとよ。ここの職員さんはみんないい人だよ。中

村さんは、ちょっと冷たいとこあるけどね。

永 中村さんもいい人ですよ。ただクールなだけですよ。

葛 クール?クールだか何だか知らんが、永井さんはやさしい。こうやって飲んでても文句を言わない。これからあんたのことを先生と呼ばせてく

れ。ね、永井先生。

永 よしてくださいよ。先生だなんて。

葛 いや先生だよ。あんたは頭がいい。JR線がなんでJR線か知ってたのは、あんただけだったんだから。納谷さんなんか、えらそうに威張って

るけど、知らなかったんだよ。

永 知らん顔してちゃんと聞いてたんですね。人が悪いな。

葛 俺は余計なことは言わないけど、人の話はちゃんと聞いてるよ。あんたは頭がいい。コンピューターだよ。ナショナルカ東芝か。ほんとにえら

い。先生、永井先生。

永 ハイ、ハイ。

葛 何だよ、そのハイハイって言うのは。おれ馬か。ばかにするんじゃない。

永 バカになんかしてませんよ。だから先生なんか言わないで、普通に、永井君でもん永井さんでもいいじゃないですか。

葛 永井君?とんでもないよ永井君。あんたの頭はコンピューターだよ。ナショナルか東芝か。先生、永井先生。おれは先生の弟子になりたい。弟

子にしてくれますか。

永 弟子だなんて、そんなのんおかしいですよ。葛飾さんのほうが年上なんですよ。

葛 そんなことは関係がない。あんたの頭はコンピューターだよ。ナショナルか東芝か。ね、弟子にしてくださいよ。ダメですか。

永 では、そういうことにしときましょう。

葛 そういうことって、どうゆうことですか。

永 葛飾さん、大分酔ってますね。

葛 酔ってない。どうゆうことですか、そういうことって。

永 わかりました。弟子にします。

葛 弟子?誰が?

永 だから葛飾さんがですよ。

葛 おれが弟子?誰の?

永 僕のですよ。

葛 おれがあんたの弟子?そんなこと誰がきめたんだ。

永 葛飾さんが、自分で言い出したんですよ。もう絶対に飲ませませんからね。

葛 ああ、ハハハ、そうだったよね。あんたはえらい。あんたの頭は、そのお、

永 コンピューター。

葛 そう。(言いかける)

永 ナショナル。

葛 そう。

永 東芝。

葛 そう、よく知ってるね。誰に聞いたの。

永 ひみつ。

葛 あんたの頭はコンピューター。ナショナルか、東芝か。あんたは先生、おれが弟子。

♪せんせい、せんせい

おれはせんせい

永 ぜんぜん違ってるじゃないですか。

葛 ううん?

永 おれは先生じゃなく、それは先生でしょ。

葛 ああ、そうかそうか、ハハハハ。おれじゃない。

♪あんたが先生

(機嫌良く永井を叩く)

永 いたいっ!すごいパンチですよ。

葛 情けない声だすな。

(ボクシングのポーズ)

永 葛飾さん、昔、プロのボクサーだったんですってね。ほら選挙運動できた玉川さんから聞いたって、矢野さん言ってましたよ。

葛 おしゃべりなバアさんだ。

永 ガッテム葛飾。格好よかったんですね。いつ頃だったんですか。

葛 忘れたよ。

永 白井義男の時代ですか。

葛 いや、白井義男は、おれたちより後だったと思う。見ろよ(歯のない口を見せる。)ボクシングでやられたんだ。

おい、ちょっと立ってみろ。

永 先生においと言うんですか。

葛 いいじゃねえか、ちょっと構えてみろ。

永 え?ボクシング教えてくれるんですか。こんな感じですね。(構える)

葛 そうそう。こぶしは握らなくていいんだ。当たると痛いから。

永 当てるんですか。

葛 当たるかもしれねえじゃないか。いいか、おれはね、こっちの腕しか使わねえから。こっちはしまっとくから。

永 片手ですか。

葛 片手だよ。

永 僕は?

葛 お前は両手を使うんだ。

永 お前?

葛 いいから。好きなように、どっからでも打ってこい。

(永井、いきなり打つ)

永 すみません。大丈夫ですか。今、ぱっと来るとばかり思ったから。

葛 だから早いんだよ。何でそんな、急にくるんだよ。

永 これで、こう来ると思ったもんですから。

葛 こっちにも用意というものがあるんだよ。そんな急じゃ危ないよ。いいかい、おれがハイッと言ってから、

永 ハイッ。ゴングがなってからですね。

葛 余計なこというな。なんでゴングなんだよ。ハイだよ。わかったね、いくぞ。ハイッ。

(永井、叩く)

永 すみません。今ハイッて言いましたよね。

葛 言ったよ。言ったけどね、タイミングだよ。ハイッて言ったら、一泊おいて。まったくもう油断もすきもない。

永 難しいですね。

葛 難しくないよ。簡単なスポーツだよ。わかったね。ハイッ。

(永井、叩く)

永 いま一拍おきましたよ。

葛 なんでこっちの手で打たないんだよ。さっきこっちの手きたろう?なんで急に変えるんだよ。

永 決まってるんですか。ボクシングの場合は必ずこちらからって。知らなかったもんですから。

葛 そんなこと、決まってないよ。よし、わかったよ。おれも本気でやるからな。

永 葛飾さんは片手でしょ。

葛 心配するな、片手でやるよ。

永 大丈夫ですか。

葛 大丈夫だよ。

永 いきますよ。

葛 ハイ、ハイ、ハイ。

(いつのまにか両手を使っている。)

永 痛、痛たた、片手だと言ったじゃないですか。ひどいな、もう。

葛 いつのまにか出てたの。

永 やめましょう、もう。しかしすごいですね。反射的にこう手が出てくるんですよね。

葛 ボクシングてのは、生なスポーツじゃねえぜ。殴り合うんだからな。ノックアウトをくらって立ち上がれないときの、屈辱感って分かるか。野

球みたいに、一〇対〇で負けても、お疲れ様、じゃ明日ってわけにはいかないんだ。それでもボクシングは、試合が終わったらお互い抱き合うだろ

う。あれは形式じゃねえんだぜ。挨拶じゃねえんだよ。心の底から相手を抱きたくなるんだ。試合の間は殺してやりたいくらい憎み合っていたの

に、試合が終わった瞬間、許しあえるんだ。闘ったものだけだ解かり合える友情なんだよ。

永 リングに上がったものにしかわからない美学ですね。

葛 おれは、いまでも最後の試合を覚えてる。

(立ち上がる。照明が変わる)

大阪だった。相手はベビー・コステロ。フィリピン出身の、フェザー級日本チャンピオン。リングに近づくおれは、まるでモノクロのスロー

モーション映画の中を泳いでいる感じだった。リングに上がり、チャンピオンを目の前にしたときから、体中が震えているのに気づいた。落ち着

け、落ち着くんだ。自分に言い聞かせた。やがてゴングが鳴った。耳鳴りのような観衆の声は一瞬にして遠ざかった。「怖い」、おれが初めて恐怖

感を味わったのはこの時だった。相手がやたらでっかく見え、全身バネの固まりに見えた。精悍な顔付きのコステロが、すうっとジャブを打ってき

た。反射的におれも出した。続いてジャブジャブ、前に出ていった。セコンドが何やら叫んだが、おれの耳には入らず、おれは更に突っ込んで、右

左とフックを打ち、空をきった。とたんにコステロのストレートが、おれの顔面に炸裂した。さらにボディへ連打を受けた。おれはカーッと血が頭

に上り、やたらと手を出した。

(ここから音楽が変わり、照明効果。

激しいシャドウボクシング。音楽消える。)

永 (葛飾の脈をとって)一八〇.

F・O

四場

 

人村、松山

 

人 田舎ではちょっとした旧家でしたからね。大変な騒ぎになった。いまは離婚なんて珍しくないでしょうけど。ましてや、女のほうから家を出る

なんて言い出したのだから、私はとんでもない悪女よ。実家の親兄弟、親戚まで巻き込んで大騒動だったわ。わたしは、どんなことがあっても子ど

もを連れて出るときかなかったけど、それは絶対許されんなかった。

松 男の子ですか。

人 そう。三つだったわ。敗戦直後でしたからね。田舎だから食べ物に不自由しなかったけど、東京へ出るとなると、女独り生きていくのは大変な

時代でした。結局は、子どもには絶対会わない、将来とも名乗り出ないと誓約書を書かされて離婚は成立。

松 息子さんとは、それから一度も会っていないんですか。

人 会ってないわ。初めのうちは、つらくてつらくて、泣き明かした夜もいく晩もあったわ。でも人間って強くできてるのね。新しい生活の変化に

順応していきのよ。

松 そんなものでしょうか。

人 そんなものよ。だって過去をいつまでもしょっていたら、前に進めないじゃない。

松 人村さんは、お強いんですね。

人 若かったからよ。東京に出てきて、運良く、そのころまらl旧制の女学校だった高校の教員の仕事が見つかったの。毎日が忙しく楽しかった

わ。新米教師だっただけど、生徒には結構人気があったのよ。

松 わかりますわ。きれいだったんでしょ、人村さん。

人 さあ、どうだったかしら。

松 今だってきれいですもの。

人 ハハハなにをおっしゃる、こんなしなびた婆さんを。

松 そんなことありませんわ。とっても知的ですよ。

人 まあまあどうしましょう。よく言われるんだけど松山さんだってきれいよ。上品で。

松 わたしなんかダメです。

人 そんなことないわよ。松山さんて、塗り絵のベッティさん。

松 それ誉めてるんですか。

人 ああそのつもりよ。あなた好きな人いるんでしょう。

松 そんな、いません。

人 恥ずかしがることないわよ。若いんだから大いに恋をすべきよ。永井さんはまだ独身だったわね。

松 それからどうなさったんですか。高校の先生になって。

人 あら、話をそらしちゃった。いいわね、若い人って。わたしもあのころは楽しかったわ。文学サークルで、生徒たちと雑誌を作ったり、組合活

動でデモに参加したり。

松 デモなんかやったんですか。恐かったでしょう。

人 ちっとも。おもしろかったわよ。スクラム組んで。

♪起きて飢えたる者よ 今ぞ日は近し

体の奥から暑い血が沸いてきてね、楽しかったわよ。そのうち同僚と恋をし、再婚して娘が生まれたの。

松 よく面会にいらっしゃる方ですね。

人 そう、孫が二人いるのよ。

松 いつか見かけました。可愛いですね。

人 娘の亭主がよくできた人でね、一緒に住もうと言ってくれるんだけど。

松 そうなさればいいのに。お孫さんたちもきっと喜びますよ。

人 ありがとう。あちらの方にも、田舎に両親がいらっしゃるのよ。わたしね、主人が亡くなってから、自分の人生はもう終わったと思ってるの。

松 そんなことありませんわ。

人 いいのよ。こうやって余生を静かに生きているだけで。結構楽しんでるのよ。ただ、時々、別れた息子のことがふと思い出されて、(少し涙ぐ

む)

もう一人前の大人に成長してるでしょうけど。

松 会いたいと思いますか。

人 いやいや、それはないわ。ほんとよ。もう十何年ですもの。どうしてかと怪しむほど、人間て薄情になれるのね。

松 そうですか。

人 そりゃわたしだって、別れて十年くらいの間は、いまはいくつになってるだろうと思っては、よく泣いたし、と生めでも会いたいとせつなかっ

たわよ。でも一緒に暮らしている娘のことにかまけているうちに、だんだん、(涙ぐむ)

昔、わたしたちの子どもの頃は、紙芝居なんかでよく、“継子いじめ”というのがあったの。

(拍子木の音とともにF.O。下手にスポット、マルセの紙芝居屋が浮かぶ。“この子は誰のもの”と、題を読む子どもたちの声)

松山の声 題を聞いただけで内容がわかっちゃうみたい。(笑)

マ この子は誰のもの。

♪夕焼け小焼けで日が暮れて

健一君は今日も今日とて、学校の帰り途、友達からいじめられるのであります。

“やーい、やーい、ママ子、おまえのかあさん、ママ母、オーニばば、やーい、やーい、ママ子”

 

健一君の生みの母は、健一君が四歳のとき、肺病でなくなったのであります。それからお父さんは再婚しまして、いまのお母さんが来たので

す。生みのお母さんは美しく、心やさしい人でしたが、この継母は、友達が言うように意地悪で鬼婆です。健一君が学校から帰っても、おやつなど

用意してくれるお母さんではありません。お腹を空かせた健一君は、いけないことと知りながらも、台所で、お櫃の底にこびりついているご飯粒を

手にとって食べ始めたのです。ああ、何と哀れな子でしょう。そのとき突然にふすまが開いて、鬼のような継母の顔が現れました。

「健一!この泥棒猫。」

「あっ、ごめんなさい、お母さん。」

「なんの真似だい。私へのあてつけかい。御前を満足に食べさせてないとでも言うのかい。」

「お母さんごめんなさい。もういたしません。」

継母は激しく健一君を折檻するのです。これでもか、これでもかと打ち続けるのであるます。そのとき、お父さんが工場から帰ってきました。

「おまえ、健一に何をするんだ。」

「この子は泥棒猫みたいな真似したのよ。」

しかしお父さんは、子どもなのだから、言って聞かせればいいではないか、俺のいない間に、おまえはいつも健一をいじめてるのかと、継母を

たたこうとします。そのお父さんに健一君はしがみついて叫びます。

「お父さんやめて!お母さんをぶたないで。僕が悪かったんです。」

「健一、おまえはこんなお母さんを、憎くないのか。」

「憎いはずはありません。だって、世界でたった一人の、僕のお母さんだもの。」

子の健一の言葉に、お父さんはぐっと胸が詰まり、継母に言います。

「おまえは、今の健一の言葉を聞いて、何ともないのか。」

さすがに鬼婆といわれた継母も、健一君の言葉に感動して心を入れ替えたのであります。それからの健一君の家は、ハハハ、ハハハと、幸せそ

うな笑い声が絶えないのであります。明日は、

(子どもたちの声)「一円を笑うもの」。

人 いまだから笑うけど、子どもの頃はこの紙芝居を見て泣いたのよ。

松 いま継母とか継子とか言いませんね。

人 やはり昔は貧しかったからでしょう。それでも紙芝居の影響って、ばかにできないわよ。わたしね、最初の亭主が私と別れたあとすぐ再婚した

ことを聞かされたとき、おいてきた息子が、新しいお母さんにいじめられてやしないかと、ずいぶん悩んだわ。勝手なものね、自分から出たくせ

に。

松 きっとだいじに育てられたと思いますわ。そう思ってあげないと、

人 そうよね。ね、私たち子どもの頃、こんな「まりつき唄」があったのよ。ちょっと怖い唄よ。

 

一、みよちゃん私が死んだなら

この子を大事にしてやって

育ててやってちょうだいな

二、ひとせふたせの子をおいて

別れていくのはつらいけど

みよちゃんしっかりたのみます

三、お墓の前で手を合わせ

かあちゃんかあちゃんもう一度

お顔を見せてちょうだいな

四、お顔も見せず声もせず

夕日は西に傾いて

みよちゃん墓から帰ります

五、二度目の母さんいまきたよ

大きなタライに水汲んで

三時が鳴ったら切り殺す

六、親のないもの手をあげろ

七十五名のその中で

みよちゃん一人が手を上げた

七、親のない者バカにすな

親はおります天国に

八、白いベベ着てジュジュもって

大石枕でねています

 

(突然泣き声。二人びくっとする。矢野顔を出して)

矢 わたし、継子だったのよ(わあっと泣く)

F.O

 

六場

 

みんな明るく登場

お互い「おつかれさまでした」の挨拶

永 みなさん、聞いてください。交流会は失敗でした。まあ。初めっからうまくいくとは思わなかったけど、ちょっとひどかったですね。

(少し間)

やっぱり、何をやるのか、皆さんそれぞれのパートを決めて、きちっと稽古をやるべきだったんですよ。それを稽古もしないで、皆さんの自

由にまかせた僕の考えが甘かったんです。いくら相手が子どもでも、

薫 わたし、必ずしも失敗だったとは思わないわ。

中 わたしも。

永 失敗だよ。うけなかったじゃないか。

薫 でも皆さん、一所懸命にやったわ。ときどきうけてたじゃない。

納 永井君、あんたのがっかりした気持はわかるけど、深刻になることないじゃないか。あんなもんだよ、プロじゃないんだから。

永 納谷さん、いいんですよ、それはそれで。でもね、少しは考えてやってくださいよ。相手は四つ五つの子どもですよ。その子どもたちに、納谷

さん、何を言ったんです。「子曰く」。わかりますか、子どもに。

松 そりゃ無理だよ、論語は。

永 それからついでに言っときますがね。どうでもいいことなんですよ。そんなこと問題にしてるわけではないんですが、ついでに言うんですが、

「友あり遠方より来たる」。これ、間違いですよ。

納 どこが。

永 いいんですよ。そのことをとがめてるわけではないんです。そんなことはどうでもいいんですがね。たしかに一般では、「友あり遠方より来た

る」で通っていますよ。しかしあれはね、「友あり。遠くより方(ナラ)びて来たる」が正しいんです。あの「方」という字は、ならぶと読むんです。

これは京都大学の貝塚博士の説ですがね。僕はこの説を支持します。でもいいんです、こんなことはどうでも。

北 あら、わたしたち、「友あり遠方より来たる」って教わりましたよ。ね、人村さん。

人 そうですね。

永 そういうことになってるのは確かです。でもね、大体あの頃の中国語に「遠方」という熟語はなかったんです。「方」というのは、ならぶとい

う意味なんです。

北 ほおー。

永 いいですか。この場合「子曰く」の「子」というのは孔子のことですね。その孔子が塾をいひらいてるのです。朝、外を眺めると、弟子たちが

田畑の道を三々五々とやってくるのが見える。つまり、「遠くより方びて来たる」です。そこで、「また楽しからずや」と続くんでしょう。「友あ

り。遠くより方びて来たる。また楽しからずや」。さあ、これからお勉強しましょう、楽しいなあ、という気分なんです。

中 ハハハ、孔子が「楽しいなあ」というんですか。

永 枝雀の真似をしただけだよ。

納 そう説明されると、それが正しいような気がするな。

北 えらいわね、永井さん。ようく勉強なさってるのね。

永 そんなことはいいんです。ついでに言っただけで。話は横にそれましたが、交流会のことですよ。四つ、五つの子どもにいきなり「子曰く」は

ないでしょう。それから納谷さん、どうして軍歌ばかり唄ったんですか。それも日清、日露戦争時代のばかり。おかあさんたちも変な顔してました

よ。

松 あれは僕も嫌だったなあ。平和憲法の日本の子どもに、軍かなんか時代錯誤だよ。

納 時代錯誤とは何だ。

永 松岡さん、あんたもひとのこと言えませんよ。

松 僕は一生懸命やったつもりですよ。

斎 そうよね。朝早くから、たこ焼の仕込みをして、

永 じゃ、なぜお金をとったんです。

松 子どもからはとりませんよ。

永 当たり前ですよ。子どもはお金なんか持ってないんだから。お母さんからとったじゃないですか。

斎 そうだったの、知らなかった。

松 半額ですよ。

永 まあそのことは洒落としていいでしょう。でも肝心のお話ですよ。「地獄、極楽、」あれしかネタがないんですか。

松 前に斎藤さんが、いい話だから保育園の子どもに聞かせたらと、

永 それはいいんです。だったら子どもにあわせて話を変えるとか、どうして工夫をしなかったんです。話のとっぱなから、子どもたちが騒いで

笑ったのを覚えてますか。

松 うん、あれは予想外だったな。

永 予想外だったね、今の子はテレビで育って科学的なんですよ。死んで生き返ったおばあちゃんから聞いた話?そんなこと言うから、子どもたち

は、うそだい、うそだいと騒いだんですよ。

松 しかし死んだ人間にしかわからないんだから、

永 変なとこで科学的なんですね。それから話を間違えてましたよ。青鬼と赤鬼と言ったのは許されるとして、「地獄の扉は、そうガラス張り」。

あれ極楽じゃなかったんですか。

松 あれっ、そんなこと言ったの。気づかなかった。

斎 言ったわよ。私も変なこというなあと思ってたの。

松 ああ、ばかだなあ、あがってたんだ。

永 まるっきり反対でしたよ。極楽の扉は赤ささびた鉄の扉で、ガクン、ガクン、ガクンで子どもが笑ったら、いつまでもやったでしょう。ガク

ン、ガクン、ギッカン、ゴガン、ゴガン、グエーン、いったい扉の長さはどのくらいになるんです。それから山のようなごちそうがあると言うとこ

ろで、確かあれ、りんごやバナナじゃなかったんですか。それをなんですか。もずく、つくね、じゃがバタ、もつ煮、げそ揚げ、酒のつまみをなら

べたってしょうがないでしょう。

(みな大笑い)

子どもから見て、そんなものがごちそうですか。

矢 (頭に犬のお面をつけたまま)

でもわかるわね。つい自分の好みを言ってしまうのね。わたしはげそ揚げ大好き。子どもの頃、げその天ぷらが最高のごちそうだったわよ。

こりこりと歯ごたえがあって、

永 矢野さん。

矢 はい。

永 げそがすきなんのはいいですけどね。何ですかあなたのやったことは。何であんな男を呼んだんですか。外部の人を呼ぶことないじゃないです

納 あれはまずかった。

矢 でもわたし、漫才をやりたかったから。

永 漫才なら漫才で、どうしてホームの人を相方に選ばなかったんです。

矢 適当な人がいなくて、

永 だからといって、わざわざあんなのを

(そこへ玉川、お祝いの酒瓶をもって入ってくる。頭に猿のお面)

皆さんお疲れ様でした。矢野さんよかったですよ。

玉 皆さんお疲れ様でした。矢野さんよかったですよ。

永 玉川さん、あんた、お面を受けることはないじゃないですか。

玉 (矢野に)何かあったんですか。

永 矢野さん、あんたたちのったの。

永 矢野さん、あんたたちのやったの、あれ漫才ですか。

(矢野・玉川の漫才)

矢 あーらまたお会いしましたね。

玉 よく会いますね。今日はまたよいお天気で。

矢 時々お会いするのに、まだお名前を存じませんの。あなたは何とおっしゃるんですか。

玉 玉川善一です。

矢 ええ?よく聞こえなかったわ。

玉 玉川善一です。

矢 何ですって。

玉 玉川です。

矢 ああ玉川さんね。どんな字を書くんです?

玉 タマは玉のタマです。カワは川のカワです。ひらがなでもカタカナでもかまわないんですよ。タマガワです。

矢 それでは玉川善一さん、またお会いしましょう。

さいなら

(二人、しょんぼり)

永 台本は誰が書いたんですか。

(玉川手を挙げる)

永 いまのが漫才ですか。ええ?玉川さん、選挙権のない子どもに名前を連呼してなんになるんです。全く。

(酒瓶を持って退出しようとする。)

永 せっかく持ってきたんだから、置いていきなさいよ。

斎 だけどさ、矢野さんがえ?え?と繰返すとこで、子どもたちよく笑ったわね。

薫 おかしかったわ、矢野さん。

斎 子どもたちって、案外単純な繰り返しで笑うのよ。一番うけてたじゃない。

永 あれは受けてたんじゃない、笑われたんですよ。斎藤さん。

斎 はい。

永 あんただってそうですよ。古典を子どものうちからというのはわかりますけどね。四つ、五つの子どもに、「曾根崎心中」はないでしょう。

斎 あたし、あれが大好きなの。

永 自分の好みだけでやられたら困りますよ。これから、生命力豊かにどんどん成長していく子どもに、何も、「心中もの」をやらなくたって。

松 大体義太夫って、死ぬ話が多いんだよ。日本人のセンチメンタリズムだ。

斎 あら、そんなことないわよ。

松 そうですよ。死を美化することで、社会の現実を見る目を曇らせている。感傷だよ。感傷というのは、

永 松岡さん、そこでまた、感情と感傷とはなんてやらないでくださいよ。

松 ハハハ、参ったなあ。

葛 永井先生はコンピューターだよ。ナショナルか東芝か。

永 葛飾さん!

葛 はい、何ですか。

永 一番最後に言うつもりでしたがね、あんたが最悪でしたよ。自分でわかってるんですか。

葛 なんでしょう。

永 なんでしょうって、何もわかってないんですね。あんたね、男の子をたくましくするんだと、ボクシングを教えたのはいいですよ。でも、ほん

きで殴ることないじゃないですか。

葛 生意気ながきがいたもんで。

永 (手で示し)こんなになってましたよ。お母さんが告訴するって大騒ぎになったのを、僕らがやっとなだめて勘弁してもらったんですよ。

人 ああら、そんなことがあったの、ちっとも知らなかったわ。

永 結局、人村さんの三味線だけですよ。うけたのは。

薫 子どもたちもおかあさんがたも、しいんと聞いてましたね。

人 三味線なんか珍しいので、しいんとしたのかもしれませんよ。わたしも久しぶりで。

納 北村さんのダンスうけてたじゃないすか。僕、見とれてましたよ。北村さん、若いですね、驚いた。

(北村うれしそう)

永 たしかにうけてましたよ。でもね、あそこまでサービスすることないじゃないですか。いくらくるくる廻れるからって、あんなにスカートを翻

すことなかったんですよ。前のほうにいた男の子がやってたのを気がつきましたか。

北 何のこと?

永 パン、ツー、まる、見え。

(北村おかしそうに笑う。矢野もやってみる。)

斎 矢野さん、やめなさいよ。子どもっておかしなこと考えつくのね。可愛いじゃない。

中 そうよ。

(その強い調子にみな注目する)

わたしは、今日の交流会は成功だったと思うわ。永井さんは、いろいろ言ってきたけど、それは違うんじゃないの。長井さんの考えてるの

は、あたりまえに子どもたちと手をとって、遊戯をしたり、歌を唄ったり児童劇をやってみせたりすることでしょう。そんなの、保育園でいつも

やってることよ。表目には交流会らしく見えるけど、子どもたちには退屈なだけよ。

松岡さんが、死んで生き返った人の話を言ってたとき子どもたちがうそだいと騒いだけど、、でもその時の子どもたちの目は生き生きしてた

じゃない。あの子達は騒ぎながら参加してたのよ。ごちそうのところで、つくねとか手羽先をならべたのは感心しなかったけど。

松 手羽先は入ってませんでした。

中 ともかく、おとなしく感心することだけが受けてるんじゃないわ。納谷さんの「子曰く」にしたって、そりゃ子どもたちにはチンプンカンプン

よ。でもあのこたちの何人かが、「おれ保育園の頃な、どっかのおじいちゃんから論語を教わったよ」と、大人になって思い出すかもしれないじゃ

ない。いまは理解できなくても大人になってから、「ああ、あのときのあれが論語だったのか」。わたしたちにもそんな経験あるでしょう。

矢 あるわね。子どもの頃広いと思ってた学校の運動場が、大人になっていってみると、がっかりするほど狭いのね。

中 その例はちょっと違うけど、つまり子どもたちが受け取るイメージは、案外強烈に残るものよ。

薫 そのとおりね。私中村さんの意見に賛成。交流会は成功だったのよ。

斎 じゃ、「曽根崎心中」は、悪くなかったのね。

中 もちろん、文句まで理解してないわよ。でも、何か不思議な世界を、子どもなりにイメージを作ったんじゃないかしら。

斎 有り難う。

中 子どもたちに、何でもかんでも理解させようとするのが、間違いよ。要は刺激よ。今日の交流会は、それが十分にあったと思うわ。

納 中村さんの言うとおりだ。僕の教えた論語だって、いつかあの子達の役に立つんだ。

永 子どもたちはそれでいいとしても、お母さんたちがどう思ったか。

(玉川はいってくる。)

玉 あのう、ことづかってきたんですが、これからお母さんたちの夕食パーティーがあるんです。ぜひみなさんにも出席してほしいということで

す。では、わたしこれで。矢野さん、あとでね。(退場)

矢 お母さんたちにも喜んでもらえたんじゃない。

永 しかし、それはわかりませんよ。

納 永井君、そんなに考えたらきりがないよ。素直におよばれしようじゃないか。

北 なんだか楽しくなりそうね。

斎 さあ、行きましょう。人村さん。

人 三味線を片づけてすぐに行くわ。

松 葛飾さん(渋るのを手を引く)

薫 わたし中村さんのこと誤解してたわ。なかなかの雄弁だったわよ。感心しちゃった。

中 何言ってんのよ。

(人村、三味線をひく)

F.O

五 場

 

成功した雰囲気

 

永 交流会は失敗でした。まあ、初めっからうまくいくとは思わなかったけど、ちょっとひどかったですね。

(少し間)

やっぱり、何をやるのか、皆さんそれぞれのパートをきめて、きちっと稽古をやるべきだったんですよ。それを稽古もしないで、皆さんの自

由に任せた僕の考えが甘かったんです。いくら相手が子どもでも。

薫 私は、必ずしも失敗だったとは思わないわ。

中 わたしも。

永 失敗だよ。うけなかったじゃないか。

薫 でも、皆さん一生懸命やったわ。ときどきうけてたじゃない。

納 永井君、あんたの気持はわかるけど、そう深刻になることないじゃないか。大体あんなもんだよ。みんなも一生懸命やったんだから。

永 納谷さん、いいんですよ。それはそれで。でもね、少しは考えてやってくださいよ。相手は、四つ、五つの子どもですよ。その子どもたちに、

あなたは何といったんです。「子曰く」

松 そりゃ無理だ。

永 わかりますか、子どもに。それからついでに言っときますがね。どうでもいいことなんですよ。そんなこと問題にしてるわけではないんです

が、ついでに言いますとね。「友あり、遠方より来たる」というのは問題ですよ。

納 どこが。

永 いいんですよ。そのこをとがめてるわけではないんです。そんなことはどうでもいいんですが、ついでだから言っとくだけですがね。確かに一

般では、「友あり遠方より来たる」で通ってますよ。しかしあれはね、「友あり、遠くより方(ナラ)びて来たる」が正しいんです。あの方という字

は、ならぶと読むんです。これは京都大学の貝塚博士の説ですがね、僕はこの説を支持します。いいんですよ、そんなことは。

北 あら、わたしたち、「友あり、遠方より来たる」って教わりましたよ。ね、原さん。

原 そうですね。

永 そういうことになってるのは、たしかです。でもね、大体あの頃の中国語に「遠方」という熟語はなかったんです。方、と言うのは、ならぶと

いう意味なんです。だから「遠方」ではなく、「遠くより方ぶ」なんです。いいですか。この場合の「子曰く」の子というのは孔子のことですね。

その孔子が塾をひらいてるのです。朝、外を眺めると、弟子たちが、田畑の道を三々五々やってくるのが見える、つまり、

 

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とここまできたところで前々回おくった六場の部分とほとんど同じなのでやめます。

これですべてなんでしょうか。

いまひとつまとまりがないんですが...。

エンディングはどれだったんでしょうか。