色川武大・阿佐田 哲也

開花しない芸人(週刊大衆)

 マルセ太郎という芸人をご存じか。ご存じならば演芸の世界にかなりくわしいお方であろう。目下のところ、私は一番注目している芸人だが、本人が自認して舞台でも口にしているとおり、陽の当った存在とはいいがたい。

 漫談ふうなおしゃべりもなかなか独特の面白さがあるが、本芸は動物模写である。猿の真似をする人、というと、あああれか、と思い出す方もあろう。

 もう二十年近い芸歴があるのだから、若手ではない。その昔はパントマイムと称して、たとえば失恋男のスケッチなどやっていたoマルセル・マルソーからとって、マルセル太郎といっていたが、いつのまにか、ル、がとれてマルセ太郎。アルバイトでフランス人の家で働いていたころ、そこの奥さんにマルソーの話をしてもどうしても通じない。よくよくきいてみると、マルセル・マルソーはフランス人の発音では、マセ・マソ、ときこえる。日本流にマルセル・マルソーでは全然わからない。それで自分でも、ルをとってしまった。

 当時は日劇ミュージッグホールでコントをやったり、キャバレーを廻ったりしていたけれど、さっぱりウケない。ちょっと文芸趣味的で、失恋青年が自殺するふうなスケッチをやっても、キャバレーでは水と油だったのだろう。考えて、リアリズムの動物模写にきりかえた。

「ペーソス狙いは捨てました。そしてこう思いましたね。ぺ−ソスなんか、腕のない芸人だってできる。俺はそのものずばりでいくんだ」

 それはまことにそのとおりで、ペーソスを売る芸ならやさしい、というのは散文の世界でもいえることだ。けれども、だからといって、リアリズムの芸が大喝采を受けるとは限らないところが、厄介な問題なのである。    

 マルセ太郎をご存じない方は、動物模写、猿の真似、などというと、なあんだと思う方が多かろう。エノケンなんかが昔やっていたゴリラやチンバンジーの真似があるが、マルセ太郎の猿はあの種のピエロ芸とはまったくちがう。

 平常は、顔も肢体も少しも猿的ではない。ところが、片手をあげて電車の吊革にぶらさがる恰好をしたとたんに、もう瞬間的に、猿そのものに見えてきてしまうのである。客席に背中を見せて、チラと振りかえる、もうそれが猿なのだ。といっても、大仰に鳴き声を立てるわけでもなく、動き廻るわけでもない。現実の猿とはちがう要素に満ち満ちているはずなのに、もう申し分なく猿になっている。

 まことにあざやかな変身芸で、外国へ出しても立派に通用する芸人だと私は思う。ただし、どこか暗い。猿だけでなく他の動物をやっても、暗い。現実は暗い要素が満ちていろのだから現実の切り口を掬って見せる彼の模写が暗い芸になるのは当然なのだけれども、あまりにも迫真力があるので、客はびっくりする。ある人がこんなことをいった。マルセ太郎の表現する猿は、今にも歯をむきだして観衆に飛びかかってきそうな猿だ、と。

 いわゆる道化にデフォルメされた猿ではなくて、猿そのものが舞台に浮かびあがってくる。こういう芸は、寄席の舞台ではありそうでなかった。  

 彼は好んで鳥類も演じて見せる。鷹だとか、鶏だとかをやる。眼をカッと見開いて、胸を突きだし、首で拍子をとりながら歩きだすと、もうどうしても、鶏そのものなのである。

 観衆は小さな笑い声をたてる。だが大部分は、気負されて見ている。寄席の舞台で適当にパッケージしきれないものを表現するからだ。

 凄い芸だと思う。だが、その凄さに見合うほどには、受けない。すくなくとも表面的には、客が喜ばない。

 インスタントでない芸

  先夜、マルセ太郎と呑んだ。

「猿の芸ってのはね。あんまり人前で誇るようなものじゃないんです。猿そのものがマイナーな動物と思われているからね。うまくやればやるほど、その芸人も猿みたいに見られちゃう」

 彼はそういって笑った。

「俺がテレビでお呼びがかかるのは、申年の正月だけでしたよ」

「じゃ、十二支を全部やればいい。そうしたら毎年お呼びがかかるよ」

 私と一緒に居た内藤陳がまんざら冗談でもなさそうにそういった。それはいいアイディアかもしれない。しかし、ネタの種類を増やすことで、平均化された芸になれば、必ずしも良策とはいいがたい。

 彼の猿も、鳥も、実に深い。深いものがそうざらにできるわけはない。我々はインスタントではない深い芸を見て、なんだか感動する。

「でもね、そういってくれるお客さんはすくないですよ−」

 以前は、あひるもやったそうだ。これは至芸だったという。腰を落し、胴を突きだし、両手をバタつかせながら、舞台一杯にあひる歩きをしてはねまわった。そういわれると彼のあひるもぜひ見たくなる。だがもう演れなくなったらしい。体力がなくなったという。もうニ十年近くやっているのであろ。

「猿もね、もう少し前なら、しゃがんだまま椅子に飛び乗ったりする形に自信があった。今じゃ、ちょっと不安です。体力がね、おとろえてきた」  

 私がマルセ太郎と呑もうと思ったのは彼がクサっているという噂を耳にしたからである。いつまでたっても、キャバレ−や場末の余興が多くて、誰も評価してくれない。こんなことをやって不安定な日を送るのもイヤになった。今、彼は自宅のある世田谷に〃人力車〃というスナックを開いて、奥さんにやらせている。

 そっちの方で安定してくると、舞台に昇らなくなるおそれがある。そういう芸人は多い。貴重な芸を持ちながら、廃業して、他のもっと楽に喰える商売に転業していく。ちょっと見は、のん気そうに見えるが、フリーランサーの生き方は大変辛いのである。

 なんとか彼を慰さめ、励したい。

 しかし私などが、何をいおうと、本当の慰めなど与えられない。

 たしかに彼の芸は、ノジャーに乗って時の花形になる性質のものではないかもしれない。しかしマイナーに徹した芸がいつかそれなりに花を咲かせて、メジャータレント以上の位置におどり出る例はわりにある。

 しかし本当に彼の芸はマイナーなのだろうか。彼の芸をわかる客は、ごぐ少数しか居ないのだろうか。

 私はそんたことはないと思う。東京に演芸場の定席がたった一軒しかないという、こんな状悪も隘路になっているし、彼の芸を理解する客層の前に出る機会かすくないことが大きい。矢野誠一や私などが彼のことを話すと大概の人が未見で、しかし興味を持つ。矢野ちゃんと二人で近いうちに、マルセ太郎を見る会というのをやるつもりた。


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