病院で思ったこと 1995.6 室内

 今年の一月九日、肝臓の半分を切り取るという手術をうけた。癌である。肝臓の場合、手術が可能な状態で癌が発見されるのは、極めて幸運なのだそうだ。肝臓は、もの云わぬ臓器といわれ、自覚症状が起きない。したがって、早期発見が難しいということになる。

 運がよかった。きかけは胆石である。肋骨あたりに激痛が走り、はじめに運びこまれた病院では原因がわからず、千葉県柏市にある「国立がんセンター」に移った。甥がそこで消化器科の医師をしている。

 肝臓に通じる胆管に石がつまっていることがわかった。そのときの検査で癌が見つかったのである。もし、胆石による痛みがなかったら、と思う。担当の外科医K先生の診断では、C型肝炎による胆癌発生で、いまなら手術可能だと云う。実にあっさりと、癌であることを告知された。

 手術の日、別段こわいという気持ちは起こらなかった。むしろ、ストレッチャーに乗せられて手術室に向かう途中、身をゆだねることの快感みたいなものが感じられた。それでもさすがに、手術台に移されたときは、これから始まるのだという緊張感が体中にみなぎる。真っすぐ天井をにらみつけたままだから、左右で動いている筈の医師や看護婦の姿は眼に入らない。頭の真上に、映画やテレビでよく見る、トンボの眼ん玉みたいな照明器があるが、まだ明かりは点いていない。それまで着ていた寝間着を脱がされ、手術をする局部を開けた布が、体を覆ったのがわかる。何やら鼻に差しこまれた。

「麻酔の注射をしますから、体を横に向けてください」

 声だけが間こえた。お尻のあたりに注射が打たれた。いよいよだと、僕の気持は構えた。「金原さん」と呼ばれた。本名である。声を出して返事はしなかったが、眼で反応を示した。こうやって麻酔の効き工合を計っているのだなあと、僕は意識した。

「金原さん」

 別の方角からまた呼ばれた。そっちに眼を動かした。「金原さん」と三度呼ばれた。

 続いて看護婦が、シーッをのばしたりあるいは叩いたりしているのが感じられた。そして、「ベッドを変えますからね」と云う。僕はあれっという思いで、「あの手術は」と聞いた。

「終りましたよ」

 看護婦は答えた。ええっ!そんなバカな。一体これはどういうことなのか。とても信じられなかった。何かとんでもないマジックにかかったような気分だった。

 手術室へ入ってからの僕の意識は、ずうっと連続していた筈だ。切れてはいなかった。そして持続した意識の長さは、精々が五分あったかどうか。なのに手術は終っている。実際には、手術は四時問かかっているのだ。

 甥はそのとき立ち合ってはいなかったが、このことを話したら、「金原さん」と呼びかけたのは、手術が終ってからだと云う。麻酔が覚めたかどうかを確かめたのだと。だとすると、麻酔の注射を打たれて、「金原さん」と呼ばれる、ほんの一、二秒の間に四時間の手術が終ったことになる。

 何やら恐ろしい気分になった。時間って何だろう。時間は存在するのか。僕が実感として体験した五分の時間と、手術の西時間、どっちが真実の時間なのか。そんなことから、人間の寿命というものを考えてみた。


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