江戸っ子(1993.5.15 日経新聞)
二十年も前のことだが、そのころ、京王線千歳烏山駅から南に十五分ほど歩いたところの、「千歳荘」というアパートに住んでいた。
駅まで行き来する〃八間通り〃に、やきとり屋「江戸っ子」があつた。五人も客が入ればいっぱいになる小さな店である。僕たちと同年代の夫婦がやっていた。子どもはいないようだったが、絵に描いたような、働き者の仲の良い夫婦である。見ているだけで肩入れしたくなる。僕は常連になった。夜おそく仕事の帰り路、「江戸っ子」の赤ちょうちんを見ると、素通り出来ず、ちょっと一杯だけと寄ることになる。そこから電話で女房を呼んだりもした。
トリオを組んでいたころで、ときどきテレビに出ていたから、すぐほかの常連客に声をかけられ、店では人気者だった。僕入ると、狭い店が急ににぎやかになる。持ち前のサービス精神を発揮してよくしゃべり、みんなを笑わせた。ただで芸を見せるようなものである。あちこちから「まあ一杯」とビールを注がれ、それをうけていい気持ちに酔い、さて帰る段に勘定となると、そのあまりの少なさに気がひけたものである。結果的には御馳走になったようなものだったからだ。
いい店だった。常連客も好人物ばかりで楽しい。そうしたある夜のことである。いつものように僕の〃漫談〃はのっていた。実はそういった席でネタをつくっていたのである。話はスポーツ談義におよび、野球の悪口になった。と言つても本気ではない。あくまで芸人のやる酒落(しゃれ)である一例をあげると、
「スポーツは公平であるべきだ。ボクシングは一人対一人。ラグビーは十五人対十五人。ところが野球は何だい。たった一人に九人も襲いかかってるじゃないか。だからそいつは棒切れ振りまわして立ち向かってるんだ」
といった調子で、客も大いに笑ったのである。店のマスターは笑わなかった。背中を見せでキャベツか何かを刻んでいたようだ。僕の話が調子づいて、巨人の悪口になったとき、ガタンと音がした。振り向いたマスターの顔は、怒りで真っ赤である。
「マルセさん、帰ってください。あんたなんかに野球がわかるもんですか」
場はしらけた。だれかが取りなしてくれたようだが、僕は黙って店を出た。
十日ほどしで、帰りの電車の中で常連客の一人と出会った。
「顔を見せてくださいよ。みんな寂しがってますよ。マスターも後悔してるんです。ね、これから一緒に行きましょう」
僕も素直にその客について、久しぶりの「江戸っ子」に顔を出した。根っから生まじめなマスターは、ぎごちないまま、一時間ばかりの間少しも表情をゆるめなかった。
それから二度と「江戸っ子」には寄らない。いつの間にかその店もなくなつていた。
あと味の悪い思い出である。何年か前、町田市で「江戸っ子」をやっていると、人伝に間いた。