映画「息子」を観て(小説クラブ 1995.7月号)

 

 山田洋次監督の「息子」を観た。

 僕は先天的に機械音痴である。興味もない。だから、世に新しい電化製品が出まわっても、それを欲しいとは思わない。昔、カラーテレビを初めて員ったのも、世間一般より四年もおくれてからだった。こわれるまでずっと、自黒テレビを置いていた。

 いまだに、わが家の電話はダイヤル式である。プッシュホンに替えようと思ったことがない。より便利だとは考えないからだ。早いというが、ダイヤル式にくらべて、いかほどの差があるのか。僕みたいに手先の無器用な者は、プッシュを押し間違えて、かえって時間がかかるくらいだ。第一、即物的で情感がない。映画などで、電話のシーンがつまらなくなったのは、プッシュポンになったからてはないか。ミステリー映画では、電話の場面が、しばしば劇的効果を高めることがあるが、あれもダイヤル式だからである。指を入れて、ダイヤルをゆっくり廻し、それがジ一ッと戻る間の、緊張感がドラマになるので、プッシュだと、怖くも何ともない。

 それから、コードレスというやつ。あんな、の本当に必要なんだろうか。たった二間しかない部星を、うろちょろ歩き廻りながら電話しているのがいる。そこらの物を片づけたりしながら、何やら忙し気に。従来だと、ちゃんと落ちついて電話してたのが、せっかくのコードレスなんだからと、元をとる気で、立ち働く仕事を見つけているとしか思えない。ゴミを拾いながらかけてるのもいる。忙しいから、コードレスが考えられたのか、コードレスが出来たから忙しく動き廻るようになったのか。案外後者の方かもしれない。

 更に今度は、携帯竜話てある。旅で新幹線なんかに乗っていると、携帯電話で盛んに話しているのを見かける。聞くともなしに聞いてると、それほど急ぐ必要がある内容とは思えない。駅についてからでも十分に間に合うではないか。どうしてもというなら、デッキにある電話を使えばよいものを、あんな重いものを持ち歩いて御苦労なことだ。これだって、忙しいから携帯電話が必要になったのか、携帯電話が出来たから忙しくなったのか。

 所属している事務所て、初めてファックスを見たときは驚いた。相手が書いたものが、コビーされて出てくるのだ。どういう仕掛けになっているのか、不思議な器械である。感嘆した。しかし、出てくる紙にコピーされてくるのは、タレントの仕事の行先とか、その地図とかで、前もって郵送すれば間に合う代物ばかりである。時間を争う繋急のものとは思えない。ファックスを置くことで、仕事の量を増やしているのてはないかと、僕は意固地になってファックスを買わないでいる。

 山田洋次は「息子」で、このファックスを、見事に感動的な小道具に仕立てあげたのである。映画の終り近くの場面だが、息子である哲夫は、岩手の田舎から東京へ出てきた青年で、フリーアルバイターをやりながら、ひとりワンルームのアパートに住んでいる。部屋にはベッドがあり、テレビ、オーディオセット、電子レンジ、冷蔵庫などが所狭しと置かれている中に、やはりファックスがある。

 ある晩、そのファックスが鳴って、紙が出てくる。

「ご飯まだでしょう。バラ寿司を持っていってあげます。征子」

 と書かれてある。ここで僕は、どっと涙が溢れた。征子は哲夫の恋人で、将来の結婚を約束し合っている。そして征子は聾唖者なのである。そうなんだ。彼女は電話が出来ないのだ。流れ出た紙に書かれた「ご飯まだでしょう。−」という字が、僕には彼女の声に感じられて、泣いた。おり返し哲夫も、「おやじが来ている。あんたに会わせたい」とファックスを入れる。美しいシーンだった。

 その夜は、哲夫の父、三国連太郎が出て来ていて、哲夫のところに寄ったのである。末っ子である哲夫が、安定した職につかず、そのときどきのアルバイト暮しを続けているのを、かねてから苦々しく思っていで、いつまでも心配が絶えないのだが、その頼りない息子に征子を紹介されて、耳の聴こえない彼女にわかるようにと、目を大きく開き、

「あんた本当に、この子の嫁ごになってくるすか」

 と語しかける。赤くなりながら頷く征子ヘ、

「そんですか……そんですか」

 と、後は言葉も出ず、「こんなめんこい娘っこが」と一人合点しながら、喜びを押さえる三国連太郎。

 その夜は眠れず、何度も哲夫を起こし、とうとう、若いとき東京へ出稼ぎにきてた頃に流行った「お富さん」を唄い出す。翌日、哲夫、征子たちに上野駅まで送ってもらい、ひとり岩手の山村に帰る。冬であった。ひざまで積もった雪に、一歩、二歩、足を路み入れ、いまは誰もいない、大きな葺ぶきの家に近づいていく。三国連太郎が手にしている、包装紙に包まれた荷物は、哲夫たちが、アメ屋横丁で員ってくれたファックスである。やがては、このファックスで、息子の嫁となった征子と会話を交わすときがくるだろう。

 

皆さん、ファックスを買いましょう。


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