1993.1.16 日経・夕刊

「お婆ちゃんの宴」

 山間にある、ひなびた「ヘルスセンター」に仕事で行ったときのことである。

 舞台付きの大広間に集まった客は、近隣の農家からやってきたお婆ちゃんばかり四十人ほどの団体だった。湯上がりの浴衣にどてら姿で、折詰弁当を開け、小瓶の酒をくみかわす、元気で陽気なお婆ちゃんたちである。プログラムは、僕の出番の前にお婆ちゃんたちの踊りの会があり、最後は抽選会になっていた。

 お婆ちゃんたちの踊りが愉快だった。中でも一人、直角に腰の曲ったお婆ちゃんが、太鼓に合わせで上州音頭を踊ったときは、場内爆笑で大いに沸いた。浴衣のすそを端折った下は厚手の股引きだが、そんなの平っちやらと踊りまくる。やはり年を取ると、女の方が断然たくましい。新舞踊「花街の母」を踊ったお婆ちゃんが、前奏で舞台の柚から出でくるなりドタッと倒れたのには驚いたが、やがてそれは、よよと泣きくずれる所作だったのだと分った。御老体で腰にねぱりがないから、よよとは行かず、ドタッと倒れてしまったのである。これは振り付けした師匠が悪い。でも可愛かった。

 そんな雰囲気の中で、一人だけ気になるお婆ちゃんがいた。舞台近くに、みんなとは離れで坐り、配られた折詰にも手をつけない。家へお士産に持って帰るのだろう。そう想像させる貧しさが感じられた。

 踊りのあとの僕の芸も終って、抽選会になった。一等から五等までの賞品が並べられてあって、目玉は、一等の洗濯機である。あとは覚えてないが、大した賞品ではなかったように思う。司会者のリードで、僕が箱の中に手を入れ、取り上げたカードの番号を読む、ごく当り前のやり方だ。外れなしで、五等から始めるのだが、当然低い賞ほど数が多くある。だから最後まで、自分の持ってる番号が当らないのがいいという理屈になるが、単純で陽気なお婆ちゃんたちは、五等のうちから「当たった、当たった」と抽選券を手に、喜々として出てくる。何だって楽しいのだ。

 三等目にかかるところで、さっきの孤独なお婆ちゃんに気付いた。抽選券を両手で持ち、真剣な眼差しで僕を見つめている。どうか洗濯機はわたしにと、念じているのが伝わってきて、僕は気圧(けお)された。だからといって、抽選に作為はない。三等の当選番号を十ほど読んだ中に、そのお婆ちゃんの番号はなかった。僕はホッとした。おかしな気分である。

 いよいよ最後の二枚。残った方が洗濯機である。彼女は眼を閉じ、両手を合わせ、何やらつぶやきながら拝んでいる。その執念を見て、このお婆ちゃんの勝ちだと、僕は予感した。果たして、結果はその通りだったのである。お婆ちゃんは何度も何度も、僕にお辞儀をした。あたかも、洗濯機を僕から授かったかのように。

 よかった、と思いながらも、僕は妙に割り切れない気分だった八百長をしたような錯覚に陥ったのである。


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