思いがけない人 (1992.5.9 日経)
昨年の秋、講談社より初めての僕の本が出た。「芸人魂」というタイトルで、いわば僕の半生記である。このことが縁で、何人かの思いがけない人にも会えた。
その一人、中村義和さん。読者力−ドに感想文を寄せてくれたのだが、文面から僕の高校時代の同窓生だとわかっても、その名前に覚えがない。取りあえず礼状を出し、その旨を伝えた。折り返し中村さんから手紙がきた。あっ、彼だったのかと、すぐにわかった。一度もクラスが同じだったこともなく、おそらく話を交わしたこともなかつたと思うが、強く印象に残っていたのは、彼は隻腕だつたからである。左腕が肩から無い。それでいながら、彼は陽気で校内を駆けまわっていた。
体育の授業のソフトボール競技では、いつも投手をやっていた。打撃のときは、右腕だけでバットを構えで打つ。暗さがみじんもなかった。体育祭で、ユーモラスな「クラブ対抗リレー競走」というのがあった。それぞれのクラブの選手が、そのクラブ特有の小道具を持って走るのである。「生物研究部」にいた彼は、人体骨の模型をかついで、大うけだつた。
手紙によると、高校のときの二年下級生だつた女性(ひと)と桔婚し、奈良県下に住んでいる。うまい具合に、先月「奈良労音」の仕事が入っていたから、中村さんに知らせた。当日夫婦同伴で楽屋を訪ねてくれた。四十年ぶりである。会った瞬間から、あいさつぬきに僕たちは気やすい言葉を交わすことが出来た。
奥さんを見て、この女性だったのかとすぐにわかつた。たしか「ダンス部」にいて、バトンガールの練習をしていたのをおほえている。小柄でかわいい子だった。僕も少しは関心を寄せたことがある。いまでもそのかわ
いさが残つていて、とても我々より二年下とは思えない。隻腕の中村さんが、いつの間に彼女を口説いていたのか。中村さんは教科書の出版社に勤めていて、理数科の編集をしている。道理で、読者力−ドに、「芸人魂」の誤字へ誤植をていねいに指摘してあった。