ライナーズノート

 金成亀(キムソング)さんと知り合って十年にはなるだろうか。大阪の「オレンジルーム」での僕の公演にきてくれたのがきっかけだった。以来成亀さんとは、大阪へ公演にいくたび会っている。同じ在日韓国人で、同じく“猪飼野”の生まれ育ちである絆から親しくするようになった。

 年令は僕の方がずっと兄貴であり、また能弁である。自己主張も強い。対して成亀さんは、韓国人には珍しく訥弁で、いつももどかしそうに話す。だからその途切れる間が待ちきれず、僕が一方的にしゃべってしまうことになる。

 音楽家が楽器を選ぶのに、その人の性格によるという話を聞くが、なるほど、成亀さんの控え目な性格がベース奏者にしたのだろうと、勝手にきめつけているのだが。

 われわれ「在日二世」は、年令を重ねるほどに、知らぬ母国への想いを強くするようである。祖国ではなくあえて母国と言う。僕自身、昨年六十四歳にして初めて母国を訪れた。

 成亀さんは今回母国への想いをこめて、この「CD」を出した。彼の場合、まさに母への想いである。母を通しての母国である。「南江(ナンガン)は、五年ほど前に亡くなられた母堂、故李順伊(スニ)さんへのイメージで書いたものだときいている。 僕のある友人は、「猪飼野は女の街だ」と言った。猪飼野の地名はいまはない。だからこの場合の猪飼野は「在日」の街である。友人は猪飼野を的確に語っている。

 そうなのだ。おれたちの母(オモニ)は、男たちが大義名分を論じあい、歎き喚き合い、酔っぱらっている間にも、しっかりと異国の土地に立ち、おれたち子どもを背負って生活してきたのである。

 どこの家をのぞいても、女の悲しみの歌の一つや二つ、かならずある。僕も母の「身世打鈴(シンセタリョン)」を、子守唄代わりに聞いて育った記憶がある。

 成亀さんはいま、腎不全の病に冒されている。腹膜透析をうけながら、演奏活動を続けているのだ。このCDのためのリハーサルを僕は見学した。傍目にも痛々しく見える彼のそばに、お嬢さんの千里(チョンリ)さんが寄りそっている。大阪で成亀さんと会うときは、いつも千里さんも一緒なのである。父に似て寡黙ではあるが、心(シン)の強さを感じさせる人である。いまどきの若い女性にはない古風さの中に、成亀さんはオモニを見たのか。彼女の名に因んだ「千里」という曲も入っている。


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