猿の芸(1993.3.13)
子どもの頃に見た「サル廻し」は、どうしでも暗いイメージがつきまとっていた。
今では、すっかりメジャーになった観がある。
最近、村崎修二氏の「猿曳き参上」(平凡社刊)を読んで、なるほどそうだった
のかと、「サル廻し」についていくつか知ることが出来た。なかなか興味深くてお
もしろい。
肝心の、サルに芸を仕込むのに、「本仕込み」と「にわか仕込み」の、二つの違
った方法があることを初めて知った。簡単に言うと、「本仕込み」は、サルを小さ
い時から引き取って家族同様に暮しながら、長期間かけてじっくり芸を仕込んでい
く。それに対して「にわか仕込み」は、腕力でサルをねじ伏せ、恐怖心をうえつけ
で短期間のうちに芸を仕込んでしまう。こちらの方が効率はいいそうだ。何やら人
間の教育に通じるものがあっておかしい。これを村崎氏は、"文教派" "武断派"と、
おもしろい言い方をしている。村崎氏は文教派である。
それで納得したのだが、僕は若い頃、何度か「サル廻し」と同じステージに立っ
たことがある。その時どうしても「サル廻し」を好きになれなかったのは、みんな
"武断派"だったからだ。舞台裏で、ヘまをやらかしたサルが、サル使いに首根っこ
を締めつけられ、悲鳴をあげているのを目撃してイヤな気分にさせられた。おまけ
に僕自身がサルまねを演じでいたから、同病相憐れむことになる。しかしこれは芸
を仕込む方法論の問題で、
''人情"だけで見ることは正しくないことが分った。村崎氏も、どちらがいいとは
断定していない。
村崎氏は、山口県の「周防猿まわしの会」を創立した人で、現在は、そこから
別れて「猿舞座」を率いでいるという。僕が初めて「周防猿まわしの会」を見た
十五年も前のこと、僕はその芸の明るさに感心した。猿使いが若く、いかにも現
代っ子らしいセンスの良さもあって、それまで抱いていた「サル廻し」の暗いイ
メージが払拭された。
その人が村崎氏だったかどうか定かでないが、楽屋で、「サルにも芸の素質の
有る無しがあるんですか」と聞いたら、「いや、サルにはありません。サル使い
の方に、素質が求められます」と明快な答えがかえってきたのを覚えている。
素人の勝手な意見だが、日本猿の「サル廻し」は、チンパンジーのそれにくら
べて、綱でつながれでいなければならないのが欠点ではないだろうか。
僕は"サルまね"をやっていた頃、こんなアイデアを考えたことがある。チンパ
ンジーに"言うことをきかないという芸を仕込むのだ。舞台に出て、いすに跳ぴ
乗り、下りることを"彼"に命じる。"彼"は命令に従わない。僕がやって見せる。
もちろんサルまねでやる。"彼"はその演技を見て、あくびをする。僕は泣いで
頼む。そのくり返し。うけるだろうな。