1993.2.6 日経・夕刊より

マルセ太郎エッセイ「チンパンジーの歩き方

 僕は、サルやトリの形態模写を得意ネタにしている。

 サルのまねをする芸人は、昔からたくさんいた。かの喜劇王“エノケン”が、「さるかに合戦」というバラエティー劇に出て、大勢にまじって演じたサルが注目を浴び、それがきっかけで売り出した話は、よく聞く逸話である。ところが僕は子どもの頃から、慢才などでサルをやる芸人を、どうも好きになれなかった。大阪弁で言う“いちびり”に見えて仕方がなかったのである。“いちびり”というのは、媚(こ)びてふざけることを言う。サルに限らず、いちびる芸は嫌いだ。

 トリオを組んでた頃、いちびりではないサルを演じようと、初めて日劇ミュージックホールでやってみた。四つん遣いになって歩きまわり、椅子にひょいと跳び乗り、下りるといった、かなりリアルなサルの演技である。が、リアルすぎて笑えない、という声もあった。

 僕のサルが評判になったとき、しばしば週刊誌などの取材をうけた。そんな場合は必ず、「ずいぶん動物園に通われたのでしょう」と訊かれる。雨の日も風の日も熱心に動物園に通い、サルを観察したという芸美談を期待するらしいのだが、事実はまるでちがう。三人の子どもを育てたが、その子どもたちを動物園に連れて行った回数でさえ、世間のお父さん以下だったろう。

 まねる芸というのは、何にしたって、時間をかけたから出来るというものではない。対象を見た瞬時に、出来るかどうかが分るものだ。もちろん、長くやってるうちに手を加えて変っていくことはあるが。

 僕は、チンパンジーの立ち歩きの演技に工夫をこらした。歩く動きに、どうしでも僕自身の体重がそのまま出て、チンパンジーの軽さが、見る人の眼に感じられない。そこで、足をべたっとつかずに、足の外側を立てて歩くことを思いついた。つまり申を外に向けるのである。

 あるとき、NHK教育テレビの「レンズはめぐる」という番組に出た。肉眼では確められない、いろんな生物の動きを高速カメラで撮り、それをスロービデオで見せるといった内容である。そのときはサルがテーマで二多摩自然動物園に行った。チンパンジーと人間の歩き方のちがいを見ようと、三歳くらいの女の子と、同じくらいの背丈のチンパンジーを、前後に並ばせて歩かせる。それを撮って、スロービデオにしたものを観察するのだ。

 ビデオを観ると、スローで映る女の手の足の運びは、当り前のことながら、先ずかかとが地面につき、そしてつま先がつく。チンパンジーはそうではなかった。僕が演じてるように足の外側を立て、それを内にぺたっと地面につけて歩くのだ。僕は外側を立てたままだが、それにしても、スロービデオでなければ分らない、足の外側を立てる形を、よく観祭できたものだと、スタッフー同に驚かれた。いや、観察したわけではない。感覚的に、ただそうやっただけなのだ。


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