マルセ語録
日本には、経済的な成功が幸福だという、大きな勘違いがある。景気が良ければ幸福で、悪ければ不幸だという考え方−。僕は、そういう生き方は最も俗っぽい、つまらん生き方だと思う。成功を望むことは否定しないが、それだけを幸福だと思うのは、想像力の欠乏です。
人格、つまり「人間の格」の高い人を尊敬しようという教えが、日本の教育にはありませんね。
先日来日した金大中大統領が、国会演説で、韓国の民主化が実現したことについてこう言いました。「奇跡は、奇跡的に訪れるものではない」。名言ですね。そんなこという総理大臣いないよね、日本に。
日本のエリート、政治家や高級官僚には、品性も理想もない。彼らが一度でも我々の胸を打つような理想を語ったことがありますかね、国民の前で。あるのは言い逃れ、ごまかし、先送り−。ほとんど僕は絶望しています。だから今、僕は個人主義になった。誇り高く生きる。それしかない。
一本の映画をまるごと一人で語り尽くす映画再現芸「スクリーンのない映画館」にしても、脚本を書いた何本かの芝居にしても、僕の芸や作品には、そんな「偽物」を激しく憎む精神が生きているんです。
人からは独創的と言われたりもしますが、それを誇るつもりはない。理想を求めた結果、そこへ到達した、ということ。そして、まっとうに生きようとする少数派の人たちが、僕のファンでいてくれるわけです。
一九九四年の暮れ、肝臓がんを告知されました。これまで六回再発し、その度に治療を受けています。落ち込んだことがなかったわけではありません。でも、最近は長生きを本気で求めなくなったんですよ。
今、毎日が幸福感でいっぱいです。韓国行きも素晴らしかった。生きることに充実し、愛すべき人がたくさんいる人ほど、死を恐れないんじゃないでしょうか。実際、死の間際になってみないと僕も分かりませんが……。
僕には二歳の男の孫がいる。そのちょっとした表情、しぐさにいちいちこちらが喜ぶ。きっと彼自身、幸せなんですよ。そんな風に僕も、そいつがいるだけで、一言しゃべるだけでうれしい。そう思われる人間になりたいね。
もとは新劇俳優志望で、七つの劇団の試験を落ちたという。「その僕が数十年後の今、試験に受かった人たちを演出している。これもまた喜劇だ