マルセ太郎のスクリーンのない映画館
黒澤明監督「生きる」
1999年2月24日 於:クーニーズガーデン・ミントンホール(福山)
その(2)
季節は夏でした。当時アッパッパと呼んでいました簡単服を皆着てます。
頭からこうスポーンとこう着るワンピースみたいなものです。
そのなかで一番年の若い、背中に赤ん坊をおぶったお母さん、
この人が今の菅井きん、ほとんど変わっていません。
「この子なんかさあ、肌が弱いでしょ。だからあそこのとこのドブ水にかぶれて、
もう身体中がぶつぶつだらけなのよ」
「それにさあ、あそこの水のねえまあ臭いったらないんだよねえ!
いっぺん来てみて下さいよ、ええー」
「まあ、もう、蚊がわいて蚊がわいて。あそこのドブ水をうめたてたら、
子どもたちの、いい公園か何かできるんじゃないでしょうか。お願いしますよ」
「ちょっとお待ち下さい。・・・
課長、あの、黒井町の下水だまりの件で陳情に来ておりますが。」
「(書類をめくるのをくり返す動作をしながら)土木課」
「その件でしたら、土木課のほうへどうぞ。8番の窓口です」
言われておかみさん達は、土木課の方へ。
途端に小田切みきが何やら紙きれを見て、ケラケラッと派手に笑いだす。
係長が「君、何だ、勤務時間中に!」
「だっておもしろいんですもの。これ、誰か回してきたんです」
「何だ?」
「嘘クラブです」
「読んでみたまえ」
「いいんですか?
“君一日も役所を休まないんだってね”
“うん”
“君が休むと役所が困るというわけか”
“いや、ぼくが休んでも、役所が全然こまらないということがわかると困るんでね”」
課の者は一斉に渡辺勘治の方を見る。
渡辺勘治はまるで聞こえなかった風に・・・《書類をめくるのをくり返す動作》
そこで又ナレーションが入ります。
「これじゃだめだ。ああ、お話しにならない。彼には生きた時間がない。
一体これまで彼は生きてたのか。彼はまさに、生ける屍である」
今になってみると、このナレーションはちょっときついですね。
ええー、考えてもみなさい、別段特別な人じゃない、
どこにでもいる平凡な下級官吏の一人。だからといってその、
生ける屍と決めつけるのはちょっと傲慢な感じがしない訳ではありません。
黒澤がまだ若かったからでしょう、ええー。
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