岐阜県 岩村 2000.11.11
昨日は、岩村にて「殺陣師段平物語」
今度で4回目、4年目のライブである。
 中央高速中津川インターから20分ほど走ると、旧街道沿いに古い家並みを残した過疎の町岩村がある。
最初にきたときに「岩村」と言う「村」だとおもっていたら、「岩村」町なんだと後で知った。町に変わるとき岩町だと違和感を持った人たちがいたんだろう。
 近隣に、阿木、明智などあり、すべてライブをやっているが、岩村だけは続いている。毎回200人を越えるお客さんが集まる。過疎の村でこんなに続くのは珍しい。
 確か、初めての時、真っ暗な山の中の公民館ではたしてお客さんは集まるのかと不安に思ったほどの所である。それが、おんぼろの公民館にお客が埋まったとき、その熱気に驚いて感動もした。「こんなに集まったら、村中人がいないじゃナインか!」などと主催者に軽口をたたいたのを覚えている。
 
何せ、この岩村の主催者は明るくて、元気なお年寄りなのだ。「岩村身障者の会」そしてその中心でおじいちゃんたちを大声で仕切っているのが、「のぶこせんせい」遠山のぶこさん、ここ岩村の小学校の先生。小柄で、目のぱっちりした、にっこり笑うとチャーミングな人だが、一見して学校の先生とわかる全く化粧っけのない人だ。
 熱心なマルセファンで近隣のライブにはほとんどきている。この「のぶこせんせい」が、四回も続く独演会の言い出しっぺなのだ。ここまでは、いくつもある話であって、こんな風にその土地と縁ができたところはいくつもある。
 しかし、ここが何か印象的なのは、ここにすむ人、その話なのである。

 独演会が終わると公民館からほどない、町の料理屋(まあ、食堂と言った方がいいかもしれないが)で「反省会」がある。こちらは何も反省したいわけではないが、「打ち上げ」を「反省会」と呼ぶところも結構ある。そう言うところはたいてい「かたい」案の定、集まったのは顔の真っ黒ないかにも「村」の古老といった人たちで「こりゃ、もりあがらんぜ」と観念した。ひととおり、「おつかれさま」と乾杯がある。音頭をとるのは元校長先生、マルセも小生もウーロン茶、内心「早くお座敷終わって宿に帰って、いっぱいやりたいー」と思った。目の前のお重にはいった食べ物をウーロン茶でもぐもぐやっていると、「のぶこせんせい」が「では、みなさん、自己紹介と今日の泥の河の感想を・・・」
手弁当で手伝ってくれた人への配慮なんだろうが、こういう場合ほとんど成功しない。かたぐるしく儀礼的な雰囲気になるのがおちである。ましてや、先日、あるところでやはり全員に感想を求めた司会者にマルセが「しゃべりたい人だけ、しゃべればいいんで強制しないほうがいい、盛り上がってくれば自然としゃべる雰囲気になるんだ。それに、こんなに大勢いて全員自己紹介したら、僕のしゃべる時間がなくなっちゃう」とたしなめたばっかりだった。「あちゃあー」
 最初の老人が「私は身障の会の・・・」ぼそぼそとしゃべりお義理の拍手がぱらぱら、なんだか最悪のパターンになってきたようだ。
 二人目の老人の番になった。顔のでっかい目鼻立ちのしっかりしたひとだ。おおきいのは顔ばかりでなく声も大きかった。
 「わたしゃーね、最初、マルセ太郎、いや、失礼、マルセ先生をですね、失礼ですけど、しらんかったんですわ、それをね、こののぶこせんせいが『すごい、ひとなんだ』っていうもんですから、ね、こののぶこ先生が。わしゃーね、最初、これだったんですわ」といって指をなめて眉毛をなぞってみせて「ほんとに、これだとおもってたんですわ、それをですね、こののぶこ先生が、あんまり熱心にいうもんだから、これ(眉唾)しながら、見てたんですが、いあやー、マルセ先生はすごい、ほんもの!」
 マルセはこの話を喜んで、時々舞台でもしゃべっている。僕らの間では、「まゆつばのおじさん」で通っている。
 次は、小学校の元校長先生でながいさん、元校長先生だから町の子供たちのことは全部知っている。
 「マルセさん、私はね、教師の悪い癖で、つい舞台より客席をみちゃうんですよ、あーよく話を聞いてるなーとか、だれかよそみしてねーかって。そしたら、あの布団屋のけんちゃんが一生懸命聞いてるんだなー、あの布団屋のけんちゃんだよ。」すると何人かの人が「へーあのけんちゃんが・・・」と相づちを打つ。「そうなんだよ、あのけんちゃんが、あんなに熱心にきいてるんだから、マルセさんの話はすごいなーと思いました。」
 とにかく、岩村はマルセにとってとてもいいお客のようだ。打ち上げでは今回もそうだがうれしそうにしゃべっている。「ここは、ほんとにめずらしいところですよ。たいていどこでもこういう催しの中心は女の人が多いんだけれど、ここはおじ(い)さんばっかり・・・」
 
控え室で  のぶこ先生
まゆつばのおじさん
ながい先生「布団屋のけんちゃんにかんぱい」