旅のスケッチ
00.12. 1 福岡 博多公演 レポート 立木寅児
00.11.30 マルセ機材車 えんこ  レポート 立木寅児
00.11.12 三重県 伊賀上野  レポート 立木寅児
2000.11.11 岐阜県 岩村  レポート 立木寅児
98.7.20
長野 松本「神宮寺」
尋常浅間学校 2時間目
98.8.8
白州アートキャンプ
レポート 則松直樹
98.9.24〜
沖縄〜沖永良部
レポート 立木寅児
98.9.26/27
宮崎 野の花館
レポート 則松直樹
99.1129〜12/1 京都 レポート 立木寅児、神田香織

 白州レポート(98.8.8) 則松直樹レポート

 その日の昼に、アートキャンプ白州のホームページにて、情報を仕入れて、(一週間程前に東京の事務所に予約ができるか電話してみたら「スタッフが少なくてたいへんで、現地で当日チケットを入手する方が早い」という話でした)ほとんど数分の乗りつぎの連続だ、電車・バスとつないで、横手のバス停についたのが午後7時前。すぐ近くに、アートキャンプ関係のいろいろな案内のちらしが入っている案内ボックスみたいなのがあるのを発見、そこにある地図を頼りに、数分で受付のある場所に到着。くる途中に何人か自転車で移動中の外国の人や日本の人で、おそらくこのキャンプに参加しているんだろうなと思われる人たちに出会いました。テント・寝袋自前のため、受付では2泊ぶんの場所代1000円と明日8/8に行われるすべての催しが見られるチケットB(当日券)で3500円を購入しました。前売りだと3000円で、全期間(ほぼ1か月)有効のフリーパスチケットは8000円ですから、たっぷりいるときはすごくお買得です。その受付の裏にある栗林にて、もう薄暗いなか、テントを張りました。炊事道具は何も持ってこなかったので、すぐそばにあったビニールハウスにひょうたんのつたがいっぱい絡まっている、軽食のできるカフェで、200円のうどん2杯と150円のホットチャイを飲み食いしました。すぐ近くに鶏小屋があって、夜が明けるだいぶ前から「コッケコッコー合戦」をしたりしていましたが、それ以外は人間がうるさくなければあとは虫の音が聞こえるだけです。

 つぎの日のパフォーマンスは午後1時から始まりました。テントが張られているこの栗林もその舞台となる一つだったのですが、他にも農道の十字路や貯水地、というほど水は深くないのだけれど、そうしたたんぼの奥のやぶのなかにある、浅く水のはってあるところなどで、さまざまなパフォーマンスは行われました。(この内容については、長くなるということ以上に、いま帰ってきたばかりでそれを表現するだけのアタマがぼくにははたらかないので、パスしますね。でも全部みれたわけではないけど、どれも強烈なものでした)

 3つめのパフォーマンスが栗林で行われたときに、つばのある帽子にサングラス、派手めのアロハシャツ(ダッタと思う)を着たマルセさんが登場。パク・キョンナムさんや、娘さんの梨花さんもいらしていて、そのときは知らなかったのですがマルセさんの奥さんもきていらっしゃいました。6月20日の飯田橋での憲法フェスティバル実行胃委員会主催の「Be動詞講座」の始まる前のロビーで、マルセさんがキョンナムさんに「白州はいいところで、野外の土の舞台はまたすばらしい。去年はそこでいろいろの国からきた人たちも交えたお客さん相手に『泥の川』をやった。言葉が通じないからどれだけ伝わるかと思ったんだけど」という話や、「とても気色のいいところでいい川もあるし案内するから、ぜひいっしょに行こうよ」ともちろん、キョンナムさんに口説くように言われてたんだけども、そばで話を聞いていたぼくの方も、これは一度ぜひいっておかなくてはいかんな、という気になっていたのでした。

 土の舞台は、なるほどいい景観でした。舞台には屋根があってけっこう広く、そのかわりまわりには壁などはなく、裏の野原とその奥の林もそのまま背景として利用されています。その裏手の方の野原の隣には動物の小屋があって、ロバ(ぼくは馬かと思ったら、スタッフの人に訂正されました)やヤギがいて、その裏の野原はそのロバの散歩に使われたりもしているようです。

 マルセさんの一人芝居は夜の八時から、演目は「殺陣師段平物語」。にもかかわらず、ぼくは6時半前にもう舞台の席に座って、田中泯さんが生徒さんにいろいろ演技指導を(ほとんど英語で)されているのを見ていて、それが終わり、スタッフの人たちが舞台のぞうきんがけを始めるのを見て、人が足りなそうなので手伝ったりしていました。なぜか、そのあとも、舞台の奥においたあったでかい鍋や薪などを裏の納屋に運んだり、マルセさんの動く範囲の黒い四つの土台や、マルセさんが座る木の箱などをならべたり、最後には照明のテストでその木箱に座ったり黒い土台の上を歩いたりまでしておりました。この照明テストをやるのは去年の宮崎「野の花館」に続いて2度めです。まさか、あの「土の舞台」でやることになるとは思いませんでしたが。その間も雨がぱらっときたり、止んだり、客席は屋根がないので降らないことを祈るのみです。

 さすがにそれが終わって用済になってからも客席にいるのは気がひけて、7時すぎに並んでいようと道路近くの受付のほうにいったのですが、まだほとんど並んではいなくて、すれ違いにマルセさんが入っていきました。7時半前後から人がある程度並んできたけれど、会場の虫対策で、煙をいぶしているからともうしばらく待っての入場、席につくと、体験疎開プログラムに参加している子どもたちがクッキーやポテトフライ、なぜかペーパーナイフまで売りにやってきます。しばらくしたところで『奇病の人』にも登場するプロデューサーの木幡和枝さんが外国の出身の人たちのために、物語の大筋や背景を難しい単語を使わない英語で(というのは何でも16カ国からきていて必ずしも英語が母国語ではないということで)解説されます。その英語が全て理解できたわけではないけど、たしかに聞き覚えのある単語がいっぱい耳に入ってきて、なんだかわかりそうです。これも立派な芸だと思いました。

 さて、例によって子どもの頃のチャンバラの話から始まったこの芝居、いよいよ主人公のもと殺陣師・市川段平登場の段となり、段平が新国劇をやめていった心ないもとの仲間に飲み屋でサワショウさんの悪口に耐えかね喧嘩となり、殴られるままになりながらも「リアリジュム」の手がかりを見い出す、と言うシーンが終わったあたりからパラパラと舞台の屋根にあたる雨の音。「というところで、雨が降ってまいりました。ここからがいいところなんで、お客さんどうぞ舞台の方へあがって続きをみてください」とマルセさん、すぐさま手招きする。ちょっととまどったりもしたのだけど、黒い土台を移動し、照明もつけ替え、それにあわせて客もサァーっと移動。おかげでぼくは、もう間近によってすぐ目の前でそれからの熱演を楽しませてもらいました。いったんの中断にもかかわらず、それからのマルセさんの語り・動きにグイグイ引き込まれて、終わったときは、しばし感動。いつの間にやら雨もあがっていました。

 終わってから、お客さんどうしの間の空気も上演前とはずいぶんちがっていたように感じられます。とにかく得難いものを、そうそうは観られないものが観られたというような満足感というのか、口では「いやあ、すごい」としか言えないのが、目では「おい、みたかい」とでもいいたげな感じで、あの芝居をこの場所で同じ時間に観られた連帯感みたいなものが自然にできていたように思います。

 若い男の人が、つい、言ってしまいました。「雨が降ってよかったなあ」って。 雨さえ降らなきゃもっといい芝居が観られたのに、と、あの中断を残念がった人はだれもいなかったと思います。マルセさんの芸の力が、その場のお客さんにとてもいい緊張感をもたらしてくれて、より強い集中力を生み出したように感じられました。観られてよかった、来てよかった、と心から思わずにいられませんでした。

 終わったあと、舞台からおりてきたマルセさんがぼくの方を見て、「やあ、よく観にくるねえ」といわれ多ときはとっても幸福でした。もっとも、そのあと、「名前は、えーっと、……いのまたさんだっけ?」と言われたときはガクッときましたけど。(そばにいた並木さんが訂正してくれました)まだ、夕食がまだだったマルセさんはお弁当をまず食べて、そのあとたくさんの人に囲まれて本のサインをしていました。外国から来た何人かの人たちが、TBSのインタビューを受けていました。地元の協力企業からの差し入れでビールやジュース、アイスクリーム、ケーキなどをいただきながら、みんなまだ興奮がさめないように話し込んでいました。マルセさんのまわりには若い人たちが囲んでいて、すごく熱心に話を聞いていました。お孫さんとのやり取りの話やいろんな話を縦横無尽に熱っぽく話していました。(並木さんに頼まれて写真をとりましたので、ホームページの方に紹介されると思いますが)

11時を過ぎてもとどまるところを知らず話し続けるマルセさんでしたが、いつものように並木さんからお開きの声が入ると、話の途中でも「というわけで、今日はおしまい。にしないと夜どうし喋り続けちゃうもん」とピタッと終わりになりました。もっともそのあとまた、宿の方ではひとしきりあったようですが。

ぼくは2年ほど前まで学童保育の指導員というのをやってて、夏休みは1週間から10日ほどのキャンプをしたりしていたので、そういう点でもとても興味深かったです。マルセさん本人と知らず、マルセさんに「今晩、マルセタロウの一人芝居があるよ、ぜひ来てね」と声をかえた坊主がいて、その男の子、マルセさんの耳をひっぱって、「すごく長い耳だねえ」とやったそうです。翌日の昼は「あの坊主は夏休みが終わって学校にいったら、どんなふうにはなすだろうね」と実演を交えながらすごく楽しそうに話しておられました。記:則松直樹(norimaki@air.linkclub.or.jp)

 


沖縄〜沖永良部

 5人乗りのセスナ機で沖永良部まで移動。全員初めてのセスナ(定期空路ではなくお客さんがいると飛ぶチャーター機)に乗るので怖いような、ちょっと興奮気味。

 マルセ太郎は助手席に座りたかったのに後部座席を指定され助手席に座った人に「あー、いいなー」などと言っておりました。天候に恵まれフライトは快適。与論島を眼下に見ながら入道雲の間をぬうように沖永良部までは1時間。ちなみに、本土から(鹿児島〜沖永良部)よりいったん沖縄までとんで沖永良部までセスナで行った方が1万円ほど安いそうです。

 今回の旅はこのセスナがハイライト。これからのマルセの旅はセスナに限るな、などとのーてんきなことを言っておりましたら続けて2つもセスナの墜落事故が会ったことがわかり立ち消えになりました。それならはヘリコプターがいいんじゃないか、これならちょっとした広場があればどんなところでもいける。かなり真剣に検討しております。

沖永良部の空

 沖永良部紹介は森さんのホームページをご覧下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 


 宮崎 高鍋 野の花館

 昨日、実家から、と同時に、宮崎・野の花館から帰ってきました。

空港まではマルセさんと一緒で、少し時間があったので喫茶店でお話しする機会が得られました。さすがに、沖縄から

沖永良部、宮崎と5日間連続だったので、お疲れのようで高鍋から宮崎空港までの電車では、駅で買った新聞を目を通されると

その新聞を持ったまま眠っておられました。「今日は、この9時55分の便で帰るだろう、そのあと『人力車』へまずよって韓国行のスタッフやTBSの取材班と打ち合わせがあるんだ。そして、

それが終わったら、Beフリーでコメマルの舞台稽古に行くから、家に帰るのは10時すぎるんじゃないかな」

と話されていました。

 その前の晩は、例によって、打ち上げでマルセさんがたっぷり話を聞かせて下さって、昨年はあまりの暑さに相当お疲れだったようで(並木さんいわく、作務衣がしぼれるほど)それほどおしゃべりにならなかったので、その印象があった宮崎のスタッフは、その初体験をとても喜んでいました。

 土曜日は土砂降りの雨で、雨漏りのするなかの「息子」、日曜日は曇った空ながら虫の音が聞こえるなかでの「殺陣師段平物語」でした。日曜が宮崎の親子劇場の定例会と重なったらしく、参加人数がいま一つだったりしたのだけど、かなり遠距離からはるばる来て下さったお客さんがたくさんおられて、初めて野の花館にみえたかたが近所の人に道案内を受けてきたりされるのをみると、とってもうれしくなりました。


99.11.29〜12.1京都

京都文化博物館にて

京都
3夜連続ライブ初日があけました。200人ほどのお客さんがマルセ太郎の話に聞き
入りました。まあ、いつものことといってはなんですが・・・
 泥の河 いつもと違うのはお笑いのところで、猿、とりタイプ、踊りネタから義太
夫、人形ぶりと得意ネタでちょっと雰囲気の堅かったお客さんを十分引っ張っておい
て今日は、映画からいろいろなことを学ぶコースに展開
仕立屋の恋で個人主義に基づく民主主義について、そしてパリは燃えているか、から
君が代ネタに「東京音頭で我慢しよう」と落として休憩、本編となりました。こうい
うのは事前の打ち合わせでなくマルセ太郎の気分に負うところなのですが、お客さん
の質みたいなものもあるようです。マルセの中には「あ、今日のお客はインテリーや
な」と思うと「ウンチもらした」ネタをしないで、今日の様な展開に成ることがあり
ます。ですから、前説、もしくはフリートークでこのような展開になったときはマル
セ太郎がその日のお客をそんな風に評価したということができます。
 似たようなことは、「お笑い」に言葉はいらない国会予算中継をやるときはお客の
反応がよく、のったときだと言っています。
 一部のマルセ太郎ファンに「もう、ウンチの話はやめ説いた方がええで」「ウンチ
で笑いとるのはその辺の芸のないお笑い芸にもやってる」・・この様な表現をしまし
て一部の地域のかたがたに誤解をされることをお詫びいたします・・
 ですから、その方には今日のような展開のマルセ太郎は合格なんですが、どうも生
来のあまのじゃくの小生はマルセ太郎のウンチネタの方が秀逸であると思っています
。誰でもウンチを漏らした話は体験上できそうですし感覚的な共感も得られますので
笑いの渦に引っ張り込みやすいのですが、最近の子どもたちが学校と家と直線で結ば
れていて周りおうめる大人がいない時代と振っておいて、5歳の子どもの悩みも50
歳の大人の悩みも重さは同じと説いて
「これはマルセ太郎の定説でマルセ太郎は定説しか言いません」・・脱線・・
 お漏らしの記憶を近所のたばこやのおばちゃんの記憶にだぶらせ、そんなおばあち
ゃんがいたらいいな、自分もそんな風な年寄りになりたいなと思わせていくところが
すばらしいなと思います。
 まあ、好みといってしまえばそれでおしまいですが、
てっちゃんおじさん風にいえば「なんや、兄貴はインテリーばっかりサービスしよん
のかー」
 
 今日は殺陣師段平物語 関西方面の方きませんか?
今日は打ち上げがあります。なんと言ってもマルセ太郎はしゃべっていると元気です
。元気なマルセ太郎を見ると元気になります。
 
 日本はスポーツの世界なんかも高校生くらいまでは世界ナンバーワン・・プロにな
ったら世界に通用しない。そういう国
 日本の教育は想像力を養う教育をしていない。だから、あんな悲しい事件が起こる
 娘の梨花ちゃんがオーストラリアでベビーシッターのアルバイトをしたとき体の大
きな子どもに「学校でも大きい方でしょう」と聞いたら、その子がきょとんとしてい
てにわかに返答ができなかった。そう、その子は背の順に並んだことが学校でなかっ
た。いや、背の高さを比べる習慣がなかった。このことに日本人は驚き嘆かなければ
・・・
 神田香織 wrote:
ご無沙汰してます東北病棟、講談師の神田香織です。
 
次の移動まで一日の空きがあり、思い切って鹿児島から京都へ。運良く連続企画最後
の「生きる」
を聞くことができました。この作品は私は2度目です。
京都文化博物館という煉瓦の雰囲気のある古い会場は、天井が高かったせいか音響が
いまいちでしたが、
お客さんはほぼ満席、かなり集中して楽しんでいた様子で何よりでした。
 マルセさんからは、お会いするといつも芸人としての(?)助言をいただくのです
が、
今回は楽屋から打ち上げ会場までのわずかな移動の時に
「とにかくしゃべり続ける事が大事」「自分の失敗を生かして男の選び方を娘たちに
教えろ」
のふたつ、も〜、思わず大きく頷いてしまいました。
 
小林完さん、お疲れさまでした。
打ち上げ楽しかったです、ご馳走様でした。来年はぜひ、神田香織の作品もお願いし
ます。
 


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