マルセ太郎を愛し、全国に「小劇場」を届けた男
内田直樹 (享年53歳)のメモリアル
病気は
「胸膜中皮腫」 原因はアスベストだそうです。
潜伏期間は20年から40年
これからピークが来るそうです。2010年から40年現在の医療では、抗ガン剤も放射線もほとんど効かないそうです。
 発症すると治療してもしなくても1年から1年半で亡くなるそうです。
藤井康広 
 越前の地より謹んでご冥福をお祈りします。


数野 博
 内田さんのご冥福をお祈り申し上げます。
病気になられたということは聴いていましたが、
こんなにはやく逝かれるとは思っていませんでした。
電話でもかかってこないかと待っていたのですが・・・。
私も2週間前に父を亡くしました。
あらためてマルセさんの言葉を思い出します。
最後に頂いた色紙は「死をも含めて人生」というものでした。

広島で「イカイノ物語」をしたとき、
内田さんとはツインの部屋に二日一緒にとまりました。
その妙なる歯軋りは今でも耳に染み込んでいます。
シアターχでの「枯れない人々」の再演の時には、
はねてから近くの焼肉屋でマルセ夫妻と一緒に食事をしました。
内田さんは黙々と食べていました。
マルセさんはもりもりと食べていました。
初めて福山で「生きる」をしていただいた時には、
マルセさんに劣らないくらい目の鋭い人だと感じました。
いつも控えめな方でした。
趙 博
 昨年9月の「ハルモニ」大阪公演で
お会いしたのが最後になりました…。
あの時も、最後まで会場にいることができず、
内田さんは早退しました。

 マルセ太郎追悼公演の時、僕は内田さんの
アパートに2週間も住んでいたのです。
名古屋の沼野健司
 突然の訃報にびっくりしています。内田さんとはほんの少しのお付き合いでしたが‥。
マルセさんとお話しする機会があって、そのときいろいろお世話頂いたこと、おおげさでなく、一生忘れません。ありがとうございました。

斎藤陽子 
訃報に接し、
マルセさんの「花咲く家の物語」「イカイノ物語」などなど
内田さんとやりとりしたいろいろなことが思い出されます。

これからまだ新しいこと、楽しいことをやってくださるのでは、と
密かにおもっていましたが、残念です。
内田さんのご冥福をお祈りします。

呉 光現
 はじめてあったのはいつだっただろう。いつも優しく微笑んでいたけど、めが
ねの奥は鋭かった。
 冥福を祈ります。

伊万里の森です。

お悔やみ申し上げます。
皆さんのメールを読みながら、僕はほんの、本当にほんのわずかしかお付き合いさせていただくことが出来ませんでしたが、内田さんのひととなりを思い出しています。
厳しい方でしたね。
へなちょこ主催者は緊張しました。

出前小劇場がなければ、島での公演は実現しませんでした。
ありがとうございました。
今更のようですが、もっと内田さんのことが知りたいです。
合掌。

佐藤 正博
昨日、お昼すぎに内田さんの訃報を聞きました。
闘病のことは聞いておりましたが・・・。
みなさんのメールを読んで、いろいろ思い返しています。
 最後にお会いしたのは、昨年、横浜でのパギさんのコンサートのときでした。
今はもう、これまでにお会いした内田さんの映像が頭のまわりをグルグル回ってい
ます。
 久しぶりにお会い出来ると思ったら、こんな再会とは・・・残念でなりません。
一昨年、私の師であり、友であった方も、内田さんと同じ年で亡くなりました。
50代前半なんて早すぎる!
 アスベストが病気の原因ですか。私も学生時代に、アスベストにまみれていたとこ
ろで、働いていました・・・。
 内田さんの御冥福を、心よりお祈り申し上げます。
 合掌。

酒肆 真酒亭 亭主 村田千晴 
富山でマルセさんの映画再現芸や「花咲く家の物語」「イカイノ物語」香織さんの講談などたくさんの公演ができたのは内田さんのお力のおかげです。
たくさんの感動を得ることができました。
ありがとうございました。
合掌。

私は中年になってから喘息を発症しましたが、
内田さんも咳き込むのでクラシックコンサートにはいけないと言っておられました。
それが命取りの病気だったとは。
そういえば私らが子どものころには、アスベストはどこにでもありましたね。
石綿と言ってましたね。人間の所業の愚かさを感じます。